夏の夜の夢

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 その静けさに反して、強烈な潮の匂いがする。長らく忘れていた記憶を呼び覚ます匂いだった。            ※  小学生の夏休みには、年に一度は必ず家族で海水浴に来た。塩水に浸かると健康に良いという父の持論があった。  ひとしきり兄弟で遊んだ後、父は浜辺にある〝貸しボート〟に家族を乗せた。定員5人乗りの手漕ぎの小さなボートである。  そして、打ち寄せる波に逆らいボートを沖へ向かって漕ぎ出す。揺れて転覆しそうになるが、それでも構わず沖へ向かう。  父は、遠い沖まで来てようやくオールを揚げる。そして、海に飛び込んで気のすむまで泳ぐのだった。海の色は濃く、浜辺は遥かかなたにあり、海水浴をする大勢の人たちが無数の点に見えた。  その頃、私は小学生ながら泳ぎが得意であった。父は私に早く海へ入って一泳ぎしろと促すが、数十メートルもあろうかと思われる、到底足もつくはずもない海洋へ飛び込む勇気はなかった。早く入れと言うので、しかたなく浮き輪を持って、恐る恐る短時間だけ海へ入った。母と弟はそのようすを心配そうに見守った。            ※  あれからもう二十年が経つのか。
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