『蘇りの予言者』

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『蘇りの予言者』

b3960ad8-a302-452e-a643-3049268a8863 私はその後もしつこく 「バルバラは悪い人達の仲間」 「バルバラを疑え」 と態度で表現していたが… 誰もバルバラを警戒する必要性を理解しなかった。 身近な者達は誰も。 なのでバルバラとその仲間が捕まったのは 「運が良かった」 のだとも言える。 「乳児であるアントリーン公爵令嬢のワガママがちょっと変わってる」 という話を小耳に挟んだ貴族が 「動物には悪人と善人を見分ける直感を持ったヤツもいるらしいが、その赤ん坊もそのクチだったりしてな」 と軽口を叩いた。 その貴族の知人には犯罪組織の調査をしていた警備隊員も含まれ その軽口を面白がった。 そして 「怪しいヤツかも知れないから少し調べてみるか」 と気まぐれを起こしてバルバラを調査してみたところ 誘拐を目論んでいる犯罪組織との繋がりが出たのだった。 お陰で私は 念願叶って悲劇を一つ回避できたのだが 「アントリーン公爵令嬢は動物並みの直感で善人と悪人とを区別できる」 という揶揄的な評判を賜わるというデメリットも もれなくこうむったのだった…。 ******************** 赤ん坊の肉体というものは弱い。 すぐに疲れるしすぐに熱を出す。 炎症にしても急性の症状を出しまくる。 新陳代謝も活発で身体が作り変わりながら急成長で大きくなっていく。 そうした急成長期の不安定さは精神をも不安定にさせる傾向があるのだと思う。 赤ん坊の身体に宿っていると肉体相応の精神へと心も引きずられるかのようだった。 独りでベビーベッドに寝かされている時にネズミを見た。 大人の私と遭遇すると一目散に逃げていた小動物がチラチラとコチラを見てくるのは何気にコワイ…。 (…小さいから「エサだ」と思われてるのかも知れない…) という可能性に思い当たり、ゾッとして震えた…。 赤ん坊時代に普通は意識が朦朧としているのは 「赤ん坊は弱くて、生き残れる可能性も低いから」 なのではないかと唐突に気付いた。 意識がクリアなのに弱くて外敵が沢山いて殺されるのだとしたら… 「それって地獄なんじゃ…」 と感じられる。 「生き残れるかどうか分からない環境では人間の意識はどんよりと混濁していた方が生き易い(!)」 というこの世の真理を私は悟ったのである。 そしてそうした真理にもちなむことだがーー 赤ん坊の頃の出来事を記憶している人間は少ない。 それは幸せな事だ。 日常という慣性の枠内にあるものに対して人は特に注意を向ける事がない。 記憶というものの本質は 「今後の危機回避に役立てよう」 という非日常的な危機管理意識にある。 激しい恐怖 激しい恨み 激しい憎悪 それらの不毛な情動を再現する記憶は 「二度と同じ悲劇を味わいたくない」 という建設的改善欲求が根底にあって喚起される。 にもかかわらずーー 大半の人間が建設的改善欲求と向き合うよりも強烈な情動に呑まれてしまう。 悲劇体験記憶は 「悲劇回避のための分析材料になる」 という事なく 改善に役に立つでもなく 「そっとしておき風化するのを待つべきトラウマ」 として封印されるだけの結果で終わる事が多い…。 それでも 「二度と同じ悲劇を味わいたくない」 という記憶本来の持つ改善欲求に基づき 悲劇の記憶を死を越えて持ち越す者もいる…。 それを可能にする意志ーー。 それがアルカンタル王国の秘蹟『蘇りの予言者』の中に宿る共通の資質なのだという事を私はずっと後になってから知った。 我らがアルカンタル王国ーー。 この国はじきに建国300年を迎える。 それ以前は存在していない国家だった。 現在の アルカンタル王国 ルドワイヤン公国 リベラトーレ公国。 この三国の国土を併せた大国がーー ダレッサンドロ皇国がーー その昔には存在していた。 ゆえに アルカンタル王国国民は自分達をアルカンタル人と呼ぶし ルドワイヤン公国国民は自分達をルドワイヤン人と呼ぶし リベラトーレ公国国民は自分達をリベラトーレ人と呼ぶのに それ以外の国の人々は 『旧ダレッサンドロ皇国人』である アルカンタル人と ルドワイヤン人と リベラトーレ人とを一緒くたに見て 『ダレス人』と呼ぶ事がある。 アルカンタルもルドワイヤンもリベラトーレもダレッサンドロ皇国時代には地方名だった。 それが現在では国名へと出世している。 隣国のルドワイヤン公国とリベラトーレ公国はアルカンタル王国と因縁が深い。 旧ダレッサンドロ皇国は三つの秘蹟を有していて アルカンタルの『秘蹟』が先読みの秘蹟 ルドワイヤンの『秘蹟』は癒しの秘蹟 リベラトーレの『秘蹟』は恩寵の秘蹟 と呼ばれていた。 秘蹟の体現者は 『蘇りの予言者』 『癒しの聖者』 『恩寵の神子』 と呼ばれダレッサンドロ皇国の繁栄の礎となっていた。 ーーそんな神話がかった話が歴史でサラッと語られている。 荒唐無稽だと見做されていて誰も深く考えない話だ。 そもそもアルカンタル人貴族である私でさえ 『蘇りの予言者』が 「具体的にどんな人物を指すのか」 を全く知らなかった…。
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