平和ボケ貴族

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平和ボケ貴族

5adc68e9-30d0-4b1f-9c4c-aea55406b01a 人間は概念がないものに関して認識できない。 更には想定がないと連想も起きない。 まさか 「0歳児に知性がある」 などと誰も思わない環境では 誰もが0歳児の主張を曲解する。 私はその後も 「バルバラは私を誘拐しようとしている!」 とカルメラや他の侍女や母に伝えようとしたが… 誰も私の主張に気づかなかった…。 言葉が喋れないというのは危ういものだ。 不思議と当事者のバルバラだけが 私に対して不審感を持ったようだった。 周りは皆 「アウロラ様は気まぐれね。あんなにバルバラがお気に入りだったのに、先日の夜から急にバルバラにだけ懐かなくなってしまって。…一体どうしたのかしら?」 と首を傾げながらも 「バルバラに問題がある」 とは思ってもみない様子だ。 私がバルバラを遠ざけるべく 「バルバラに近寄られた時だけ泣く(!)」 (オムツが濡れてようがお腹が空いてようが我慢して泣かずにおく) という態度を取り続けても… 原因は私のワガママだと思われてしまう。 そうじゃない。 バルバラのせいで他の使用人達まで痛くもない腹を探られて 「疑わしきは罰せよ」 で処刑される悲劇をーー 私は絶対に回避したいから… 私のためだけでなく あなた達のためにも 「バルバラには何かある」 と見抜いてもらわなきゃならない。 どうして分かってくれないんだろう? カネと権益があれば奪取欲と陰謀もあり。 アントリーン公爵家のような貴族の邸内で起こる出来事には どんな小さな出来事にも政治的策謀が絡んでいる可能性がある。 人間の勤勉な労働は 「日常の繰り返しと勧善懲悪的世界観に基づく建設性の積み重ね」 で成り立つ。 「人生、一寸先は闇」 という本当の現実に気付くと皆、日常生活も勤勉な建設性の積み立てもできなくなる。 だから平民・民間人は闇から目を逸らして生きるし、それで通用させてやらなければならない。 侍女達使用人は子沢山下級貴族の余計者が多い。 貴族と平民との中間に位置する彼女達が私の意図に気付かず、バルバラの悪に気付かずにいるのも 「仕方ない」 と言えば仕方ないのかも知れない。 下々の者達では気が付かない事に気が付いて非日常において起こる戦いを察知して悲劇を未然に防ぐのは、それこそ貴族の側の義務と責任なのだから。 (それにしても情けないな…) と思う。 オムツが濡れた程度で泣くのは我慢して 「泣き喚くのはバルバラが近付いた時のみ!」 と誰の目にも分かるように示してるのに… (おかげでオムツかぶれになった) 未だにバルバラの身辺が探られている様子がない。 バルバラの背後にいる勢力が捕縛も処分もされず 野放しになり続けていて 逆にバルバラの方は明らかに私を不審がっている。 0歳児に知性があるとは思ってもいないのだろうけど 「妙に勘がいい厄介な赤ん坊」 だと思い始めているらしく… 前世では一度も見た事が無かったような 憎々しげな表情で睨めつけられている事がある。 バルバラとその背後の連中を捕縛も処分もしないのならせめて 人事変更がなされバルバラが私から遠ざけられるべきだと思うものの… 一向にバルバラが私付きの侍女から外される気配がない。 (…まさか。「好き嫌いはいけません」的な偽善的仲良しこよしごっこを基準とした価値観であえて「嫌いな侍女」を私に付けたままにしてるんじゃ…) と疑いたくなる。 父であるアントリーン公爵は私と顔を合わせる事が滅多にない。 父と母の結婚は世に言う政略結婚。 「夫婦仲が良いのか悪いのか」 を世の基準に照らし合わせて判定できるほどには 私も政略結婚夫婦の一般的パターンを知ってる訳じゃないが… …恐らく会話は慢性的に不足している。 王族に嫁がせるつもりの娘の世話をさせる侍女などに関しては、その身辺を「何度となく度々洗い直す」必要がある。 何せ使用人の実家の方では経済事情も懇意にする相手も、刻一刻と変化している可能性があるのだ。 使用人がその家族からして敵に懐柔されていれば、遅かれ早かれいずれ必ず仇をなしてくる。 貴族夫人は家政を通してそういった危機に対し警戒心を持っているのが普通であり、異変があれば夫である家長に知らせて指示を仰ぐのが当たり前である。 だが母を見ていてもーー 母がそうした役割を果たしているようには見えない…。 父であるアントリーン公爵もそうなのだろうが… 母であるアントリーン公爵夫人はまさしく 「平和ボケ貴族」 を地で行くような人だった…。
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