青の幸福

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 まちがえた問題を青いペンで解き直すことに意味はあるのだろうか。  他の問題と区別ができる。本番前に復習しやすい。青色は集中力を高めてくれる。先生はそう言っていたけど。なんかしっくりこない。しっくりこないのに、考えるのも反抗するのも面倒だから、青で解き直している。 「おっ、タツヤ。何してんの?」  名前を呼ばれてプツンと集中が切れる。どこだっけ、ここ。あぁ、予備校のフリースペースか。認識した途端、耳は聞き慣れた声を拾い、目は伸び始めの坊主頭を映した。 「模試返却面談。今は先生待ち。ヤマは?」 「自習室行くとこ。受かるヤツは使ってるって先生に言われてさ」 「へぇ、後で使ってみようかな」 「窓際の席はやめとけよ、陽射しヤバいから」  会話を続ける意思表示に、ヤマの忠告へ大袈裟に反応し、赤本を閉じた。  行けなかった甲子園。練習に励む後輩たち。そして、話題は他人の進路へ移ろう。 「タツヤさぁ、ケンの進路聞いたか」 「いや、勝手に国立か早慶志望だと思ってたけど」  定期考査で必ず学年上位に入り、野球部主将を務め上げたケン。イイ大学に行くのだと漠然と思っていたが「だよなぁ!」と身を乗り出すヤマに、違うことを悟る。 「そのつもりで突ついたら、専門目指すって。ビビった」 「……は? なんで?」  国立、早慶上理、MARCH卒の未来を捨てて、専門学校。まぁ、Fラン行くよりは就職ラクだろうけど。もったいない。 「やりたいことあるんだと。すげぇよな」  そうだった。ああいうヤツは「やりたいこと」で進路を決めるのだ。指に挟んでいた青のボールペンを回す。価値観が揺らぐのも、選択肢が増えるのも不快だった。  席を外していた先生が戻ってくる。それを認めたヤマは「またな」と自習室へ向かった。 「お待たせ。はい、これ、模試の結果」  渡された薄っぺらい冊子を開く。閉じる。もう一度開く。見間違いじゃない。今まではE判定しか出なかったMARCHに、C判定がついている。  青いペンを手放す勇気は、当分、必要なさそうだった。
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