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「……?」
少し経っても、恐れていた音が一向に聞こえない。恐る恐る目を開けると、倒れた雪さんに覆いかぶさる緑さんの姿が見えた。雪さんの頭と床の間には、彼の大きな右手。
「……んっとに、このバカ!」
「す、すみません」
謝りながら、雪さんの手がスルスルと緑さんの顔に伸びていく。
「おい、今触ったらマジで怒るからな」
ギロリと睨みつけられて、雪さんの手が止まる。少しウロウロ悩んだ末、その手は落ち掛けている緑さんの眼鏡に伸びていった。
「おい、眼鏡外すな」
「い、イタズラです」
「この状況でやるか?」
「あはは……」
今だに雪さんを支えてプルプルしてる緑さんに向かって誤魔化し笑いをした後、雪さんはジッと緑さんを見つめた。
「……なんだよ」
「緑君、今まで眼鏡で気が付かなかったんですけど、とっても綺麗な目をしてるんですね」
そう言って、雪さんは嬉しそうに笑った。緑さんは一瞬驚いた顔をした後、徐々に顔を赤らめていく。
「お前、この体勢でそんなこと言うんじゃねーよ」
「この体勢?」
「だから。俺に押し倒されてるこの体勢で。そんなこと言うな」
緑さんの声が少し掠れてる。雪さんは緑さんの体温が移ってしまったかのように、ボッと顔を赤くした。な、なんて大人なシーン!思わずスマホを構えて、ピコンピコンとシャッターを切った。
「は?」
「さ、桜さん!?今のは、ダメですよ!」
慌てて起き上がる二人に、掌を見せてストップさせる。
「もう撮っちゃいました!それに、全員分ですから安心してください」
「ぜ、全員分?どういうことですか?桜さん、みなさんの爆笑写真を撮るって……」
「もちろんそれもバッチリです!でも、メインはその後です。私は、皆さんが雪さんを力づくで止めるシーンも集めてたんです」
「な、なんのために」
「もちろん、雪さんに喜んでもらうためです!みんなとの思い出の写真が欲しいっておっしゃっていたので、限りなく接近したお写真を撮らせていただきました!」
「い、いえ、私は普通の……」
「大好きな雪さんにイタズラされて、怒りたいけど本気では怒れない。むしろ嬉しい。そんな堪らない表情を納めさせていただきました」
「……お前、本当に小学生か?」
呆れかえる緑さんの声は無視して続ける。
「雪さんは私のお姉様みたいな存在なので、絶対喜んで欲しくてがんばりました!いかがでしたか?」
ニコリと微笑むと、雪さんはとてつもなく嬉しいような困ったような、不思議な表情をして、でも最後は柔らかい笑顔で私の頭を撫でてくれた。
「ありがとうございます。私も桜さんを本当の妹みたいに思ってますよ」
「……雪さん」
二人で見つめ合って、同時に微笑み合う。ああ、嬉しい。雪さんが本当のお姉様になってくれたらいいのに。これは、お兄様にとことん頑張ってもらわないと。
「おい、和んでるとこ悪いけど、アレ」
緑さんがキッチンの入り口を指さす。振り返ると、使用人の皆さんが勢揃いしていた。
「雪?やってくれたわね」
「お嬢様、こんなところにいたんですか」
「ゆきちゃん、お返しにきたよ。もちろん倍返しだからね?」
「お嬢、覚悟できてるよな?」
最後に灰人さんがニコニコ顔で登場した。
「さぁ、雪お嬢様。お仕置きの時間ですよ?」
あら。予想外に、だいぶ怒らせてしまったようだ。雪さんはというと真っ青になってガタガタと震えている。
「み、緑君、助けてください」
「自業自得だろ」
緑さんは腕を組んでフイっと顔を逸らしてしまった。ジワジワと迫り来る殿方に、雪さんの逃げ場はない。
「ご、ごめんなさいー!」
ハロウィンの夜、使用人のみなさんに取り囲まれて、ケラケラと笑い出す雪さんをピコンとスマホに収める。そこには、雪さんが大切にしている日常がギュッと詰まっていた。
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