2 持っている人たち

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「明日の休み、うちに来ない?」  そう誘われたのは、教室まで抱えられている時の事だった。  周りに聞こえないように気遣っているのかその声はとても小さくて、聞こえるように耳を近づける。 「僕、一人暮らしなんだよね。寮の集団生活も嫌だったから、近くに部屋借りてるの。ね、どう? いいんだったら頷いて?」  顔を覗き込まれて、一秒、二秒、三秒、四秒。  見つめられたまま頭を働かせられるわけがなく、紬はギュッと額を肩に押し付ける。 「それじゃ分かんないでしょ?」  苦笑した菘の足が教室に入ったのか、空気が変わった。ここ数日菘に抱えられて登校しているが、その光景に皆も慣れていないらしく、そっと菘が席に紬を下ろす様子を見守っている。 「放課後までに、どうするか聞かせてね……って、連絡先交換してなかったね」  その場でアドレスを交換すると、「じゃあね」と頭にポンと手を置いて菘は去っていった。  張り出された記事の影響か、菘と紬を見るために集まっている生徒もちらほらと居るようだ。その生徒たちに何を言われるのかが怖くて、気配を消すようにそのまま顔を伏せる。  出会ってからまだ一週間も経っていない。連絡先だってさっき交換したほど、親しいとは言い難い。  だがこの数日、菘との会話に煩わしさを感じたことは無かった。いつも紬の事を待ってくれて、迷惑を掛けていると思わせない笑みがある。  しかし、紬が人と深くかかわらないようにしているのはそこだけではない。  紬は動物と話す事が出来る。  それを菘が知った時、気味悪がらないとは言えない。 (先輩も、持ってる人、なのかな?)  この学園にいる時点でそうである可能性は高い。だが紬は、菘についてそういった類の噂を耳にしたことは無かった。  この学園の噂は紬の元に自然と集まる。誰と誰が付き合ってるだとか、誰が何を持っているだとか、どうなっただとか。  隠す事は出来ない。だって人は、猫や鳥にまで気を遣わない。  誰もが必死に隠している事、友達同士ですら話さない事を、紬は知っていた。  そしてそんな中でも、自分は特異な方だという事も。 「紬、おはよう~!」  机に伏せている紬に、後ろからクラスメイトである橋屋(はしや)富喜(ふき)が覆いかぶさる。綺麗に染まった金色の髪に、少年と青年の狭間にいるような瑞々しい目つき。人懐っこくにっこりと笑って、寂しさと恐怖をひた隠しにする。 「おい富喜、今紬にべたべた触ったら危険だぞ! 久地先輩に睨まれるぜ!?」 「だ~いじょうぶ、オレってそういう性格だから!」  心配そうに話しかけてきたクラスメイトにグッと親指を立てて、富喜はぐてっとそのまま覆いかぶさってきた。 「酷い事、されてない?」 『先輩は優しいよ?』 「無理やり迫られたりとか……」 『大丈夫、……って待って、それは見ないで!』  慌てて富喜を自分から離そうと身を起こす。だが遅かったらしく、富喜は昨日のもう少しで唇が触れそうだった場面を見てしまったらしい。
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