1 猫により紡がれ始める赤い糸

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1 猫により紡がれ始める赤い糸

(やっちゃった)  最近本格的に強くなってきた日差しから目を守るため手をかざしつつ、(つむぎ)は密かに息を零した。  ジンジンと鈍い痛みを訴える足首に、誰もやってきそうにないシンと静まり返った空気。  怪我の状況を確かめるため足で地面をつついてみたけれど、すぐに痛みが響いて顔を引き攣らせた。諦めて誰かを頼ろうにも部活の音は遠くから響いていて、放課後にわざわざ中庭に来るような生徒などいないだろうと熱を帯びる足首に手をやりながら途方に暮れる。 『だいじょうぶ?』  だが、そんな声にハッと紬は手の中の子猫を見つめた。子猫は心配そうに紬を見上げ、ペロリと抑えている部分を舐め始める。『助けて!』と木の上で訴え続けていたからか、その声は掠れていた。舐めながらもチラチラと見上げてくる黒で真ん中分けしたような顔は、どこかしょげているようにも見える。 『大丈夫だよ。君は? 痛い所、ない?』 『うん。お兄ちゃんが支えてくれたから、大丈夫!』  元気よくそう答える子猫に安心し、背中を撫でる。  さらさらと細かく柔らかな毛触りを堪能しつつ、足を動かさないようにして痛みを逃がす。動かさないと痛みも平静を装えるほどで、暫く猫との会話を楽しみながら、紬は猫の背中や喉を撫で続けた。  そうしているとどこからか別の声がして、紬と猫は同時にそちらに顔を向けた。 『母親かな? 心配そうに見てるね』 『お母さん! 人間のお兄ちゃん、助けてくれてありがとう!』  側に静かに歩み寄って来た真っ白な猫に、子猫はそう言い母猫に駆けていった。母猫も紬にそっと頭を下げて、二匹の猫はこの場を離れる。  二匹の姿が見えなくなるまで手を振り続けていた紬は、呻きながら痛む部分に手を当てた。  誰の目もなくなったかと思うと、虚勢を張り無視していた鈍痛が存在を主張し始める。  助けを呼ぼうにも紬は声が出せず、猫を見て放り出した鞄は数メートルは先にある。立ち上がるのは何とか出来るが、そこから歩き出す事は出来そうもない。  だが、周りに人がいないのなら恥を捨て鞄まで這っていけば、誰かに助けを呼ぶ事は可能かもしれない。  キョロキョロと辺りを見渡し、誰も人が居らず、動物もいない事を確認する。  よし、とそっと地面に手を付けた所で、上から声がした。 「なにしてるの?」 (わっ!)  誰も居ないことを確認したはずなのに、急に落ちてきた声に紬はバランスを崩し、足に負担を掛けてしまい痛みに呻いた。 「ああごめん、驚かせちゃったね。木陰で眠って、起きたら人の気配を感じたから……立てる?」  伸ばされた手の主は緑色のネクタイを着けていて、どうやら一つ上の三年生のようだった。少し長めのクリーム色の髪は瞳にかかりそうで、鋭く凛々しい目つきは顔立ちが整っているからこそ冷たく感じた。  そんな先輩から自分に伸ばされた手を取らず、紬は自身の鞄を指さした。 「取ってって事? 分かった、ちょっと待って……はい」  すぐそこにある鞄を取ってきてくれた先輩にぺこりと頭を下げ、ポケットからスマホを取り出す。メモですぐに文字を打ち、彼に見せた。
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