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『足を捻ってしまって……誰か、先生を呼んできてくれませんか?』
「先生を? それよりも、こっちが早いでしょ」
「!?」
何ともなしに言った彼はひょいと紬を抱え上げ、鞄を肩にかけた。そのままゆったりと歩き出す先輩に慌て、肩を叩く。
「非力そうに見えても、一応男だからね? 保健室まで運ぶくらい、どうってことないよ」
堂々と彼はそう言うが、紬が気にしているのはそこではない。こんな姿を誰かに見られ、噂でも立ってしまったら、それこそ先輩に迷惑を掛ける事になる。
降ろしてもらおうと肩を叩き続けるが、素知らぬ顔で先輩は足を動かし続ける。そんな彼に冷や冷やし誰かに見られやしないかと内心怯えながら、紬は身体を縮こませた。
幸い部活中の生徒にも、放課後所用で残っていた生徒にも見つかる事なく。
紬は見知らぬ先輩に抱えられ保健室まで運ばれた。
「応急処置はしたけど、ちゃんと病院に行ってね。親御さんはすぐ来れそう?」
養護教諭である真鍋虎和の声に、ふるふると紬は首を横に振った。
運悪く、今日は両親とも仕事で帰りが遅くなる日だ。声が出せなくなって数年、ただでさえ両親は紬に過保護である。紬が言えば仕事を早退してでも駆け付けてくれると思うが、そうまでして呼び出したくはない。
「そっか……困ったな。僕も今日は、これから打ち合わせがあって。付き添いは難しそうなんだけど……予定をずらせないか、聞いてくるね」
「ちょっと待ってください」
「どうしたの? 久地くん」
「それ、僕が行っても良いですか?」
「良いけど……どういう風の吹き回し? 久地くんはこういう事、あんまりしたがらないでしょ?」
「これも何かの縁なので。それに僕、可愛い子には優しいんです」
「そんな話、聞いたことないけど? ……まあ助かる事は事実だから、任せても良いかな?」
「もちろんです」
含みのありそうな笑みで、彼は紬を見て頷いた。
「僕は久地菘、三年生。君は?」
『天真紬、二年です。……もう、一人で大丈夫ですよ? あとは診察だけですし』
「君を帰りまで抱えるという大切な役目があるから、こんな所で帰れないよ」
保健室でのやり取りが終了すると、菘は再び紬を抱えタクシーに乗せた。そのまま近くの病院まで連れて来られると、受付を済ませ今は呼ばれるのを待つだけとなっている。
菘は見た目に反して義理堅い。怪我したのを見かけただけで、初対面だというのにここまで付き合ってくれるのだ。その優しさが逆に申し訳なくて、所在なさげに紬は視線を彷徨わせた。
「それに僕、君の事知らない訳じゃないしね」
『? ……会ったこと、ありましたっけ?』
「いや? ただ君の事、前々から気になると思ってたから」
何でもないようにそう言った時、紬の名前が呼ばれた。診察まで付いてくるらしい菘は、看護師が用意してくれた車椅子も無視して、また紬を抱えた。
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