1 猫により紡がれ始める赤い糸

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 紬の怪我は全治四週間だそうだ。暫くは松葉杖で過ごさなければならないらしく、その期間を考えると憂鬱で顔が曇ってしまう。  結局菘は松葉杖を借りたにも関わらず紬を抱え、案内の元家まで送り届けてくれた。 「骨が折れてなくて良かったね」  松葉杖や鞄などをリビングの適当な場所に置くと、紬に玄関まで見送る事を許さず、ソファに座ったまま彼と手を振って別れた。 『それで、見知らぬ先輩に助けられたの?』 『そう。明日、きちんとお礼を言わなきゃ』  慣れない松葉杖で部屋の窓に駆け寄り手を伸ばすと、少しして鳩が腕に止まった。そのまま挨拶をして窓辺に腰掛け、鳩もその隣で紬を見上げる。  紬は声を出せない。だがどういう訳か動物には紬の声が届いているらしく、また動物の声も紬の耳に言葉として聞こえるため、こうしてひっそりと動物との会話を楽しんでいた。  自分の声もいつもとは違ってはいるものの声として聞こえるため、本当に動物たちと話せるのだ。 『でも、優しい先輩に助けられて良かったわね。私たちじゃどうにもできないもの』 『うん。怪我したときはどうしようかと思ったけど、何から何までしてくれて、本当に助かっちゃった』 『これをきっかけに、紬にも春が来るのかしら?』 『ふふ、それはないよ。学年も違うし、今後関わる事はないんじゃないかな』  鳩に今日あった出来事を話すと、彼女はからかうように紬の膝に乗ってきた。  上から紬が怪我した様子を見ていたらしいのだが、どうする事も出来ず悔しい思いをしたらしい。窓を開けるとすぐにやってきて、怪我の様子を聞いてきた。 『分からないじゃない。紬は誰とも付き合ったことないし、初恋もまだなんでしょ? これがきっかけでその人の事、好きになるかもしれないじゃない』 『でも……先輩は、男だし』 『男? 男かどうかなんて、関係あるの?』  可愛らしくかくかくと首を傾げる鳩の頭を撫で、紬は『なんでもないよ』と首を振った。  あの学園には人の情勢に詳しい動物がいて、彼が恋愛ごとにつても吹聴している。なので恋は良いものだという印象が付けられ、動物たちはいつ紬にそれが訪れるのかと興味津々だ。  子供を作るのはオスとだが、恋というものが子供を作る行為に繋がっていないらしく、鳩は男女など関係ないと思っているようだ。 『先輩みたいな格好良い人が僕と、なんて失礼でしょ?』 『その先輩、格好良かったのね』 『うん。だからそんな事、言っちゃだめだよ』  鳩の言葉を窘めて、この話は終わりと手を叩いた。  彼は、紬の事を『前々から気になる』と言っていた。今日助けた理由はそれらしいが、それは喋れない紬の事が気になるという意味で特別な意味など含まれていないはずだ。  自分以外に声が出せない人と会った事もないし、珍しい存在だと思っているのだろう。  明日お礼をして、彼との関係はこれっきり。今後関わる事もない。  だから自分が彼を好きになる事も、彼が自分を好きになる事もない。 (明日、いつお礼しに行こうかな)  ただ気になるのはそれだけで。  鳩と話しながら、昼休みにでも行ってみようかなと紬は考えていた――の、だが。
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