ゆるさない

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ゆるさない

それから何日かが過ぎたが、その間、 数日前の午前11時13分に、 歩道橋を上る彼の後ろ姿を見つめながら、 私の中で腑に落ちた、ある感覚を確かめていた。 そして今日は、彼の誕生日だった。 今までなら、嬉々としてLINEを送っていただろう。 朝、送っても真夜中に二言三言、返される返信。 その間、何回も既読が付いてるかどうか、 覗いてみたりした。 しかしあの日、ベッドの上で行われた全ての 行為を思い出すたび、じわじわと湧いて来るような 憤りを収めることが出来ないでいる今日は、 メッセを送らないことに、何ら抵抗は無かった。 男との関係において、甘やかしてしまうのは 私の悪い癖のようなもので、 お言葉に甘えた男達は、私を 「何でもしてくれる女」と位置づけるのだろう、 夫のみならず、不倫相手さえも。 このまま、数日が過ぎれば、 忙しい彼も流石(さすが)に 私が、わざと送らなかったことに気づくはずだし、 自分達のことがバレた可能性をも疑い出して、 LINEをブロックするなり距離を取り始めるのかも しれないが、一体どう出てくるのだろう。 実はもう、僅かな手がかりを基に、 調査を依頼している。 それを知って、突き付けるつもりも毛頭ないが、 彼の言葉の裏を取りたいのだ。 案外、結婚指輪は、どっぷり深入りしない為の フェイクかもしれなかったり、或いは、 「驚かないで下さいよ、実は 双子だったんですぅ」なんて結末が 待っているのかも、知れない。 最後の朝、部屋を出る前に お決まりの別れの、キス待ちしていた彼は、 私からすれば、「あれっ?」と言うぐらい いつもより、背が低く思えた。 私の履いている靴のせいかも知れないが、 女には「あれっ、この(ひと)って誰?」と 我に帰る瞬間が、必ず来るのだ。 今後は、彼の動向を観察しながら、 夫には離婚届をそっと差し出してやろうと思う。 夫も最近、どうも背が縮んでいるみたいだ。 なあなあで、男達に、 損な役回りを押し付けられるのは、 もう、ゆるしたくない。 「ゆるせない」のではなくて、 私が、もう「ゆるさない」のだ。             
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