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「いやな声?それってどういう?」
「どういうって…うーん…ざわざわと人がしゃべってるような感じ。劇場とか映画館でさ、ショーとか映画が始まる前は、なんとなく客たちがざわついてるでしょ?あんな感じなのよ。色んな人が雑多に喋ってる感じ。一階の玄関ホールにたくさん人がいたのかしら」
「それって、壁の向こう側から聞こえたの?」
「ちょっとー、そんな真剣な顔しないでよ。聞き間違いだって言ってよ。そう言って欲しくってここに来たんだから」
富子は笑い、少し赤みの戻った頬を手で撫でさすった。
「でも、ぞっとしたわ、ほんとに。もう、固まって動けないくらいだった。身体がすくんで動けもしなくて、声も出ないのよ。私ったら自分が情けないわ。ただの人の話声だっていうのに、過剰に反応しちゃって。ああほんと、馬鹿みたい」
「それって、ほんとなの?聞き間違えとかじゃなく?」
「ほんとよ、それは間違いない。あれが何だったのかは見当もつかないけど、人の話し声は絶対に聞こえたもの。あんな地下で誰かが話してるわけないのにね」
「気味が悪いわね」
ええ、と富子はうつむいた。
「正直な話、怖かった。怖すぎた。腰が抜けそうなくらい、怖かったの。うちに戻ってからも、ずうっとそんな感じが残っててね。ほら、今日はこんな薄暗い日じゃない?だから、余計にね」
外はまだ午後二時半だというのに、明かりが欲しくなるほど薄暗い。今にも雨が降り出しそうな空模様だった。
「ね、電気つけるわよ」
愛子が頷く前に、富子がさっさと立ち上がり、壁のスイッチを押した。柔らかな黄色い光がぱっと室内を明るくした。部屋の隅々までが鮮明に見え、あまり明るいので、リビングに放りっぱなしの雄介のミニカーがきらきらと光った。
富子はほっとしたように席に戻り、コーヒーをすすった。
「それで、いてもたってもいられなくなって、あなたに電話したのよ。ねえ、あれ、何だったのかしら。副島さん、何か心当たりはない?誰かが地下で工事でもしてるとか、聞いたことない?下水道の工事がこの近くでやってるとか…」
「さあ…」
愛子は首をかしげるだけだった。
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