06

2/3
103人が本棚に入れています
本棚に追加
/156ページ
「いやな声?それってどういう?」 「どういうって…うーん…ざわざわと人がしゃべってるような感じ。劇場とか映画館でさ、ショーとか映画が始まる前は、なんとなく客たちがざわついてるでしょ?あんな感じなのよ。色んな人が雑多に喋ってる感じ。一階の玄関ホールにたくさん人がいたのかしら」 「それって、壁の向こう側から聞こえたの?」 「ちょっとー、そんな真剣な顔しないでよ。聞き間違いだって言ってよ。そう言って欲しくってここに来たんだから」 富子は笑い、少し赤みの戻った頬を手で撫でさすった。 「でも、ぞっとしたわ、ほんとに。もう、固まって動けないくらいだった。身体がすくんで動けもしなくて、声も出ないのよ。私ったら自分が情けないわ。ただの人の話声だっていうのに、過剰に反応しちゃって。ああほんと、馬鹿みたい」 「それって、ほんとなの?聞き間違えとかじゃなく?」 「ほんとよ、それは間違いない。あれが何だったのかは見当もつかないけど、人の話し声は絶対に聞こえたもの。あんな地下で誰かが話してるわけないのにね」 「気味が悪いわね」 ええ、と富子はうつむいた。 「正直な話、怖かった。怖すぎた。腰が抜けそうなくらい、怖かったの。うちに戻ってからも、ずうっとそんな感じが残っててね。ほら、今日はこんな薄暗い日じゃない?だから、余計にね」 外はまだ午後二時半だというのに、明かりが欲しくなるほど薄暗い。今にも雨が降り出しそうな空模様だった。 「ね、電気つけるわよ」 愛子が頷く前に、富子がさっさと立ち上がり、壁のスイッチを押した。柔らかな黄色い光がぱっと室内を明るくした。部屋の隅々までが鮮明に見え、あまり明るいので、リビングに放りっぱなしの雄介のミニカーがきらきらと光った。 富子はほっとしたように席に戻り、コーヒーをすすった。 「それで、いてもたってもいられなくなって、あなたに電話したのよ。ねえ、あれ、何だったのかしら。副島さん、何か心当たりはない?誰かが地下で工事でもしてるとか、聞いたことない?下水道の工事がこの近くでやってるとか…」 「さあ…」 愛子は首をかしげるだけだった。
/156ページ

最初のコメントを投稿しよう!