蛇石昌彦

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 誰もいなくなった職場で、蛇石は、PCを観ていた。映し出されているのは、『オカッピとルトルトのオカルト探検チャンネル』。  真賀月村で殺された彼らのチャンネルだが、友人たちの手で管理されていて、今でも当時のままアーカイブを観ることができる。  配信中に命を落とした彼らは、登録者に神格化されるほど、亡くなったあとでも人気があった。他のチャンネルで最近知ったという人達などが、新規で観に来ることもあり、動画再生数は今でも伸びている。  最後の動画は、友人が編集して投稿したものだ。彼らの最後の元気な姿が観られると、再生数がダントツに高い。それを選んで再生した。 『オカッピ!』『ルトルト!』『オカルト探検チャンネル!』『イェーイ!』『始まりました!』  大きく手を動かして、元気にタイトルコール。  動画の中の彼らは、生き生きしている。 『えー、今日はですね、都市伝説で有名な、あの『禍憑村』に来ています』 『禍憑村と言えば、不審死や神隠しが多発して、呪われた村と言われているんですよね』 『そうなんです』  二人の掛け合いのあとは、村中を歩き回る映像が流れた。  真賀月寺の住職にさらりとインタビュー。夜の墓地を一瞬写しだすと、昼になり、掟違反者を閉じ込めたという獄舎の跡地まで行っている。  獄舎では、村人だけでなく、スパイ嫌疑を掛けられたよそ者や盗人など、村の害とされた人を閉じ込めて、何名もが命を落としてきた呪われた建物と紹介された。  建物は昭和初期に取り壊されており、今は一枚岩の鎮魂碑が建立されている。  オカッピは、『さぞかし、ここで多くの血が流れたことでしょう。知れば知るほど、恐ろしい歴史を持った村です』と、淡々と語った。ルトルトは、隣で『コワーイ』と可愛らしく怯えた。 「……」  蛇石は、自分の恥部を見られているような錯覚に陥った。 『このような歴史が、この村にはまだまだあるようです。探していきましょう!』  動画は続く。山に行くと、交通事故が起きた現場に偶然遭遇した。 『何か大きな事故があったようですね』  そのあと、警察に撮影を止められて断念した。  場面は変わり、山の細い道を歩いていく。 『国道が通じるまで、街道と通行するための唯一の道として、トンネルが掘られました。村は、そこまで徹底的に外部との交流を遮断していたのです。村から逃げる者、入って来る者。多くの昔の人が行き来したトンネル。そこに行ってみましょう』  廃トンネルを見つけると、彼らは興奮した。 『見てください! 今は使われていないトンネルを見つけました! さっそく入ってみましょう!』  暗い内部を手元の懐中電灯で照らしだす。 『壁は完全に手掘りです。――反対側の出入り口は、コンクリートで塞がれていて、現在は通行不可となっています』  奥まで行くと、祭壇を見つけた。 『見てください! こんなところに祭壇があります! こんな場所に、誰がなんの目的で置いたのでしょうか? ――ライト、当てて』  祭壇に近づいていく。暗闇にぼんやりと浮かび上がる白い祭壇は不気味でしかない。 『奇妙な祭壇ですね。何を祀っているのでしょうか?』  壇には、燭台、一輪挿し、線香立て、香炉が置かれている。 『なんだか背中がゾクゾクッとしてきました』  オカッピがオカルトらしく雰囲気を出して言うと、ルトルトが『ヤダ、怖い』と小さく言った。これは本気で怯えている。  蛇石は、そこで一時停止して、ジッとそれを観察した。祭壇の下に、小さな赤い何かが置かれている。そこを拡大して確認すると、再生を続けた。 『誰か来たみたい』と、ルトルトの声が聴こえた。  映像が大きく動いて足元を映し出すと、ブツッと切れた。  画面が真っ黒になり、厳かなBGMが流れ、白い花をバックに青い文字が浮かび上がる。 『この後、二人は暴漢に襲われて命を落とします。故人の尊厳に配慮し、この先の映像はカットしました。なんの落ち度もなく、無抵抗の彼らは、理不尽に殺されたのです。本当に許せません。事件を風化させないために、編集の上、こうしてアーカイブに残すことにしました。オカッピとルトルトのご冥福をお祈りいたします』  元の映像は、警察に事件の証拠として全て提供されている。そこには犯人の姿が映っていたと、映像を分析した警察が発表している。  ルトルトが見た『誰か』は、早耶人だったのだろう。  映像の中で元気な姿を見せていた二人。もうこの世にいないというのは、とても信じがたい。  コメント欄にも、『信じられない』、『信じたくない』、『今でもどこかで取材している気がする』など、公開直後の書き込みでは、現実を受け入れられないコメントがほとんどだった。 「ふうー」  PCを閉じると、椅子にもたれかかってネクタイを緩める。  立ち直りに時間が掛かった蛇石は、この動画を今まで観ることが出来なかった。本日、ようやく観終えられるまでに回復した。  祭壇の陰に隠すように置かれた赤いもの。あれは鳥居の一部だ。  祭壇には線香立てが置かれており、仏教式である。  鳥居は神道だから、線香ではなく玉串を奉奠(ほうてん)する。  この奇妙な組み合わせには心当たりがある。村に伝わる呪詛の儀式。そこで使われる小道具だ。  呪詛では、鳥居は重要なアイテムである。線香立ては目くらまし。本当に必要なのは、小さな鳥居。鳥居が多ければ多いほど、呪力が強くなる。強ければ強いほど、掛けた本人に与える影響も強力になる。大変に危険な術である。 「間違いない。福籠早耶人は、ここで呪いの儀式を行った」  顔つきが一層険しくなって立ち上がる。事務の引き出しから有給申請書を取り出すとそこに記入した。それを塾長の机に置くと、カバンを掴んで職場を出た。
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