十輪都鶴

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十輪都鶴

 真賀月村に隣接する町にやってきた蛇石は、十輪家を探し尋ねた。  彼の手には、村民の移転先リストなるものが握りしめられている。移転後に直面する様々な困りごとに対して個別支援を行うため、行政から配られた貴重な情報である。彼は、それを学校教師という立場で手に入れていた。  個人的な目的に使用することは禁止されているが、今はそんなことを言っていられない状況である。より福籠早耶人を知るため、玉鉾陽向を理解するため、十輪都鶴に確かめたいことがいくつかあった。だから会う。  書かれていた住所にたどり着くと、そこは仮設住宅だった。大勢の移住者に既存の住宅では足りなくて、町が急遽用意したものである。  十輪家には、過去何度も家庭訪問していた。伝統ある日本家屋で、広くて豪華な造りで、いつも感心していた。教員住宅は勿論、自分の実家も比べ物にならない大きさだった。それが今では簡素な造りのプレハブ住宅に住んでいる。  お屋敷暮らしから、手狭で不便な家に引っ越して耐えられているのだろうかと、心配になるほど落差が激しい。  仮設住宅には、居住期限が決められている。早くも引っ越した家庭も多く、住民の気配が極端に少ない。十輪家も引っ越していたら厄介だと心配したが、『十輪』と書かれた表札を見つけて安堵する。  呼び鈴を押そうと手を伸ばしたが、押す直前に思い直して止めた。 (先に、在宅かどうか調べよう)  小さな庭に面した居間側に回り込むと、現在の暮らし向きがさらに露わになっていた。軒下に洗濯物が所狭しとぶら下がり、庭は狭くてジメジメして雑草だらけ。昔の家には、よく手入れされた日本庭園があったのに、この違い。この庭が十輪家の現在の状況を表している。  サッシの向こう側にサイズの合わない短いカーテンが下がっていて、隙間からテレビの明りが見えた。  在宅を確認すると、玄関に戻って今度こそ呼び鈴を鳴らす。しばらくして、ドアが数ミリ開いて都鶴が外の様子を伺った。 「こんにちは。久しぶりだね」 「蛇石先生⁉」  都鶴は、突然の訪問に驚きながらも、ドアを快く開けて出てきた。 「驚きました。こんなところまで、どうしたんですか?」 「かつての教え子を訪問して回っているんだよ。皆、村を出てしまって、どうしているか心配になってね」  都鶴だけに会いに来たというと警戒されそうなので、仕事の一環を装う。  今すぐ連絡して裏を取れるほど、親しい同級生はいないだろうと計算の上だ。 「良かったらいろいろ話を聞きたいんだが。立ち話もなんだし、中に入れて貰っていいかい?」 「どうぞ」  都鶴は、疑うことなく部屋に通した。  狭い居間の小さな座卓を挟んで、向かいあって座った。  昔は広い客間に自然の形を活かした見事な一枚板の大きな座卓が置かれていて、向かい合って座ってもお互いの距離は遠かった。ここでは、文字通り、顔を突き合わせる小ささでギャップが甚だしい。  十輪家は、高価な家具や調度品のほとんどを家に残して移住している。家の大きさに合わないものばかりだから、仕方のないことだ。 「今の暮らしはどうだい」 「結構大変です」 「ご両親はどうしているのかな?」 「仕事に行っています」 「お母様も?」 「はい。ここに来てから、働きに出るようになりました」 「へえー、あのお母様が?」  都鶴の母は、上品でおっとりした良家の奥様である。嫁ぐ前も後も働いたことがないと聞いていたから、外へ働きに出るイメージが全くわかない。  いつまでも仮設住宅では暮らせない。いつかはあの家具を置ける大きな家を建てようと、二人で懸命に働いているのかもしれない。 「君は? 今日は休み?」 「私は……」  都鶴が口ごもる。  何もしないで毎日家にいるのだろうと蛇石は察した。  少しずつ本題に切り込んでいく。 「体の調子はどうだい?」 「体は、元気です」  心は別と言いたいらしい。 「毒の後遺症は?」 「ありません。もう随分昔のことですから」 「そうだね。君は運が良かった。住職がすぐに解毒薬を飲ませてくれたお陰だ」 「そうですけど、口にした毒も少なかったんだと思います。その証拠に……」  都鶴は、下を向いて重苦しい表情になる。 「市留には、解毒薬が効かなかったんですから」  自分だけが助かったという罪悪感に、彼女は今も苦しんでいる。それが、引きこもりとなった現在の状況に繋がっているのかもしれない。何とかしてやりたかった。
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