十輪都鶴

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「君は、誰も近づかないようにしたくて幽霊を演じた。その目的は、あそこで呪いの儀式をするためだったんだろ?」  そこまで蛇石が見抜かれていたことに、都鶴が驚いて口をポカンと開ける。 「呪った相手は、君を苛めていたグループのリーダーだった馬園倉重」 「やめてください! もう言わないでください!」  都鶴は耳を塞いだが、それを見ても蛇石は黙らない。 「馬園倉重さんが行方不明になって、君は自分の呪いが成就したと考えた。自分を苛めたリーダーがいなくなって嬉しい反面、気が気じゃなかった。人を呪わば穴二つ。同じ呪いが自分に降り掛かるからだ」 「やめてください……」  都鶴の声が弱々しくなる。 「君が呪って、その結果、呪った相手に不幸が訪れたとしても、現代の法で裁かれることはない。しかし、本当の恐怖はそこではない。自分もいつか同じ目に遭う。そのことに怯える日々を過ごす。それこそが、呪いの本当の恐怖」 「……」  自分は確かに馬園倉重が憎くて呪いの儀式を行った。だからと言って、直接本人に何かしようとまでは流石に考えなかった。教科書が汚れるとか、つまずいて膝をすりむくとか、ちょっとだけ不幸な目に遭えばいい。その程度であった。  軽いいたずらのつもりだった。ところが、馬園倉重が実際に行方不明となってしまった。  自分が呪ったせい。そう思うと怖かった。自分は関係ないと、いくら自分に言い聞かせたところで気が晴れるはずがない。  それが、当時の都鶴に起きたことである。 「自分のしたことが恐ろしくなった君は、まともな精神状態を保てなくなり、普通の生活を送れなくなった。それが今の引きこもりに繋がっている。学校を卒業して新しいことに挑戦しようとしても、呪いが常に頭から離れない。夢も希望もなく、ただ怯える日々を送っている。むしろ、警察に捕まって法に裁かれた方が、どれだけ楽だろうとすら考えているんだろ」 「その通りです……」  都鶴は、辛かった日々を思い起こして涙をこぼした。皆と同じように楽しい青春を送りたかった。高校を卒業したら、大学に行きたかった。東京にも行ってみたかった。だけど、体が動かないのだ。前に進むことも出来ず、毎日毎日狭い家の中でうごめいている芋虫のような生活。それが自分だ。 「馬園倉重の死体が見つかった時、君が一番驚いたんじゃないか? 呪いでいなくなったんじゃなかったのかと」 「そうです」  これも自分が呪ったから起きたと思い込んだ。罪悪感が精神を蝕み、市留が死んだことで追い打ちを掛けた。その結果、無気力と希死念慮にずっと苦しんできた。 「全部、私のせいだったんですね? 馬園倉重さんが死んだのも私のせい」 「違う」  蛇石が否定したので、都鶴は「エッ!」と声が出た。 「でも、たった今、私のせいだって」 「馬園倉重さん失踪と君の呪いは全く関係ない。だから、君の呪いは成就していない。手に掛けたのは福籠早耶人。証拠が出てこない限り、彼は認めないだろうが、先生はそう考えている。だから、呪いに怯える必要はない。それを伝えたかった」 「先生!」  都鶴は、その言葉にとても救われた。それを伝えようと、わざわざ訪ねてくれた蛇石に、感謝の念が湧き上がる。蛇石には、自分の全てをさらけ出しても構わないと思った。 「もうウソは吐きません。私が『廃トンネルの幽霊』を演じていました。あそこは私の秘密の場所。誰にも立ち入って欲しくなかったんです。そこで呪いの儀式を遊び半分でしていました。今思えばとんでもないことですけど、そのころの私には、それが毎日を生きるために必要なことでした。心の拠り所だったんです。でも、これだけは信じてください。私は、福籠早耶人とは無関係です」  蛇石が初めて優しい目になった。 「ようやく打ち明けてくれたね。そのことは、ちゃんと分かっているから安心しなさい。先生が言いたかったことは、君は自分が知らないうちに、福籠早耶人と呪いを結びつける触媒となっていたということだ」 「触媒?」 「君が福籠早耶人に影響を与えたってことだ」  都鶴は、蛇石の言っている意味が理解できなくてキョトンとした。
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