怨霊

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怨霊

 呪いを祓うために用意するもの。  清酒。清めの塩。小さな鳥居四つ。玉串四つ。呪符。  それらを持って真賀月村にやってきた蛇石と都鶴は、入り口から村を見渡した。 「いよいよか」 「なんだか胸騒ぎがします」  都鶴は、村を見て嫌な予感がした。  禍々しい影が村全体を覆い、全てがくすんで見える。来る者を拒むどころか、引きずり込もうと舌なめずりして待ち構えているようにも見える。  蛇石は、村の地図を広げて方角を確認した。 「東西南北に鳥居を置き、玉串を捧げて儀式を行う」 「四か所で行うんですか?」 「そうだ。こうすることで、呪いを村から追い払う」 「今更聞く事ではないかもしれませんが、呪いって、何なんですか?」  本当に今更な質問だと蛇石は呆れた。 「呪いは、人の怨念だ」  目に見えないどころか、存在すら不確かなものだ。 「呪いに襲われることはないんですか?」 「勿論ある。だから、奴らの領域に入らず外から封印する。さあ、始めよう」  歩き出そうとしたところで、目の前を女性が横切った。その姿はすぐに消えた。 「今の幽霊、市留に似ていませんでした?」 「ああ、星降市留さんだった。霊となって村の呪いに掛かっている」 「そんな! 市留! すぐに助けるからね!」  その声が届いたのか、市留の後ろ姿が再び現れる。 「やっぱり市留だ! 市留! 私よ! 都鶴! 気付いて! あなたは呪いに掛かっているの!」  必死に呼びかけた。  市留は、そのまま村に入っていった。 「市留! どこに行くの⁉」  後ろ姿がスーと消える。 「彼女は、霊になってからずっと一人で村を彷徨っているんだ」 「早く助けてあげたいです」 「それには先に呪いを払う必要がある」  呪いに邪魔されないよう気を付けながら、東西南を回って儀式を行い、最後となる北の角で儀式を行った。  塩と清酒で土地を清めて小さな鳥居と玉串を置き、「マガツキ、マガツキ、オンエイチ、センミタマ、シュゴノミタマエ……」と、村に伝わる呪文を唱えながら呪符を鳥居につける。  その呪符が、風もないのにパタパタと大きく揺れてはがれ落ちた。  蛇石が顔色を変えたので、都鶴はただ事ではないと感じた。 「何が起きているんですか?」 「呪いが抵抗している」  はがれ落ちた呪符を拾おうとした都鶴は、小さな鳥居の向こうから、真っ赤に充血した人の目玉がこちらを覗いていることに気付いた。目玉は、ギョロギョロと激しく動いていた。 「気色悪い!」  その声に反応したのか、目玉が奥に引っ込み、今度は人の手が何本も伸びてきて、こちらを掴もうとした。  その手に掴まれたら呪われると、二人は本能的に分かった。 「ヒイイ! いやあ!」 「都鶴君! 逃げろ! 呪い祓いは失敗だ!」  都鶴は、呪符を諦め、急いで近づく手から逃れた。  呪符を貼って鳥居を封印しなければならないのに、幾体もの怨霊が鳥居の向こうから手を伸ばしてくるので、近づくことすら危険となった。  霊は一体ではない。いくつもの頭が見え隠れしている。こちらに飛び出そうとしているのか、お互いにもみ合って激しくうごめいている。  二人は、それらが見覚えのある顔だったので戦慄した。 「先生! 霊たちの顔を見てください!」 「なんてことだ!」  三体の霊は、馬園倉重、一ノ関新治、玉鉾威風だった。  三体とも「オンオンオンオン……」と、地響きのような声で喚いている。
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