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「そうか! 分かった! 彼らは、生贄として利用されたんだ! 呪いの儀式のために、福籠早耶人は三人を殺したんだ!」
長年の疑問が解けた瞬間だった。
「先生! 今はそれどころじゃありません! 何とかしないと!」
三体はグネグネ動きながら叫んでいる。
「オオオオオ!」「オンオンオン!」「オオオオ……」
断末魔の叫びのようで、聞くものの神経を激しく逆なでする。
三体の表情には恨みや憎しみが現れているが、それだけでなく、救いを求める哀しい感情も見て取れた。楽しいはずがない。嬉しいはずがない。彼らも苦しんでいる。そう思うと、蛇石は胸を締め付けられる。
三体は、市留を無視して二人に向けて必死に手を伸ばしてきた。
「しまった! 防ぐための呪具を持ってこなかった!」
迂闊であった。ここまで直接的な攻撃を受けるとは思いも寄らなかった。外から儀式を行えば、大丈夫だと高を括っていた。
あれに捕まれば、間違いなく呪いに取り込まれる。あっち側の住人となってしまう。そうなれば、早耶人の勝利だ。
彼の歪んだ醜い笑い顔までが、蛇石の目に浮かんでくる。
呪符がはがれたのも、早耶人の強い怨念による。向こうも、必死に最後の抵抗を仕掛けてきている。
「甘く見ていた。早耶人は、より強力な呪いを掛けるために、何年も掛けて準備してきた。ちょっとやそっとじゃ払えない!」
「先生! どうしましょう!」
三人の腕は異常に長く伸びる。関節がなくて自由自在に動く。餅のように伸びて弧を描きながら二人に襲い掛かった。
「ここは退散だ!」
慌てて逃げようとしたが、腕の伸びるスピードの方がはるかに早かった。
追いつかれそうになったその時、間に市留が割って入って三体の腕を払いのけた。お陰で捕まらなかった。
「市留!」
「僕たちを守ってくれたのか!」
三体と向き合った市留は、背中を向けて動かない。
「オオオオンオンオンオン……」「グォォォ……」「オオオオオ!」
三体の怒りの咆哮が周辺に轟いた。
市留を無視し、グネグネとうごめく腕を蛇石らに伸ばそうとしては、市留に払いのけられて引っ込める。それを何度か繰り返した。
とうとう、馬園倉重が憎々し気に邪魔する市留を睨みつけた。
「オオオオオオオオ……!」
ターゲットを市留に変えて襲い掛かった。市留は、その手を払いきれずに首を掴まれた。
「市留!」
都鶴は助けに入ろうとしたが、蛇石に止められた。
「我々には無理だ! あそこに君が入っても、殺されるだけだ!」
「でも! ここままじゃ市留が!」
「彼女はこれ以上死ぬことはない。しかし……」
このままでは地獄に引きずり込まれてしまうだろう。それだけは阻止しなくてはならない。
今の自分に出来ることは何か、蛇石は必死に考えた。
「呪いを祓う呪文を唱える」
それしかないと考えた蛇石は、ひたすら詠唱した。
「マガツキ、マガツキ、オンエイチ、センミタマ、シュゴノミタマエ!」
自然と声に力が入る。
馬園倉重は、市留の首を掴んで自分の方へ力尽くで引っ張った。
市留は、苦しみの表情を浮かべながらも全身で抵抗した。両者の力は拮抗している。
「市留! 頑張って!」
何もできない都鶴は、声援を送るだけ。
そこに一ノ関新治が加勢してきたので、状況は悪い方へと傾いた。市留の体を両手で掴むと、馬園倉重と協力して引っ張った。
「クソ! 詠唱の効果はないのか!」
怨霊に全く通じていないことに落胆するが、他に方法はない。ひたすら続けた。
「マガツキ、マガツキ、オンエイチ、センミタマ、シュゴノミタマエ!」
二体相手では市留は劣勢。ずるずると鳥居に引き寄せられていく。
二体の後ろには、まだ大将の玉鉾威風が控えている。それが恐怖だった。彼は、いつでも手を伸ばせるように構えていたからだ。
彼が加わったら、ひとたまりもない。そうはさせじと、蛇石は喉が擦り切れるまで詠唱を繰り返した。
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