怨霊

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「マガツキ、マガツキ、オンエイチ、センミタマ、シュゴノミタマエ!」  蛇石の隣では、都鶴がハラハラしながら見守っている。 「玉鉾威風君! お願い! 市留を助けて!」  苦しむ市留を見かねて、敵側の玉鉾威風に助けを求めた。 「市留を好きだったんでしょ! 彼女のためにいろいろしていたんでしょ! 知っていたよ! その気持ちを忘れたの⁉ これ以上市留を苦しめないで!」  切々と訴えた。すると驚きの変化が玉鉾威風に起こった。急激に敵意が消えて、さらに思いがけない行動に出た。目の前にいる馬園倉重と一ノ関新治の後頭部をわしづかみにすると、思いっきり力を入れたのだ。 「ギャアアア!」  その痛みに苦しんだ二体は、たまらず市留を手放した離。その手を今度は玉鉾威風に向けたが、抵抗虚しく鳥居の奥へと引きずり込まれていった。 「ウオオオ……オオ、怨怨怨怨(オンオンオンオン)……!」  馬園倉重は怨嗟の声を出して最後まで暴れて抵抗したが、玉鉾威風に勝てるはずもなく消えていった。 「今なら封印できる!」  蛇石は、清めの塩を鳥居に向けて撒いた。  鳥居から覗いていた不気味な目玉がギョロギョログルグル激しく動いたかと思うと、最後にこちらを睨みつけて闇に消えた。  急いで呪符を拾うと、「マガツキ、マガツキ、オンエイチ、センミタマ、シュゴノミタマエ……」と、呪文を唱えながら鳥居に貼った。暫くガタガタ揺れていた鳥居だったが、やがて静かになった。  蛇石は、詠唱を止めて肩の力を抜いた。 「先生、終わった?」  都鶴が恐々と鳥居を覗き込む。目玉は消えていた。 「ああ。終わった。呪いは祓われた」  蛇石は、腕で額の汗を拭き、一息つく。  市留が立ってこちらを見ている。 「ありがとう。君がいてくれて良かった」 「市留! 助けてくれてありがとう!」  口々にお礼を言うと、市留は優しくほほ笑んでスーと消えた。 「ああ、待って! まだ話したいことが!」  呼び止めたが、もういなかった。 「いろいろと驚いたな」 「市留が守ってくれましたね」 「そうだな。彼女はとても強かった。ずっと世話になりっぱなしだ」  かつての教え子たちの怨霊から反撃を受けたこと。死んだ市留が助けてくれたこと。玉鉾威風が暴走する馬園倉重と一ノ関新治をとり押さえて、自ら鳥居の封印に入っていったこと。想定以上のことが目まぐるしく起こって、蛇石の頭は追いつかない。 「しかし、驚いた。玉鉾威風が、こちらに協力してくれるとは思わなかった」 「私の言葉が届いたんでしょうか?」 「きっとそうだ。君の言葉で、失っていた昔の心を取り戻したんだ。自分は何をすべきか、それに気づいた結果、二人を止めたんだ」  馬園倉重と一ノ関新治は罪を重ねずにすんだのだから、あれで良かったのだと蛇石は考えた。  早耶人の呪いに勝利して喜ばしいことなのに、都鶴の顔色がいつまでたっても冴えない。 「まだ何か懸念があるのか?」 「市留は、絶対に私のことを恨んでいますよね? だから、すぐに消えたんですよね?」 「助けに来てくれたのに、なぜそう思うんだい?」  都鶴は、あることを悔いていた。 「私が、市留と出会った時から間違いを犯していたからです」 「間違いを犯した? どういうことだ?」 「私が仲良くしなければ、私が市留の差し伸べた手を払っていれば、市留は村に戻ってきて殺されることはなかったんです」  市留が転校してきて、初めて話しかけてくれたあの日にまで遡って後悔していた都鶴に、そこまで思いつめていたのかと、蛇石は驚き気の毒になった。
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