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何とか気持ちを楽にしてやりたい。蛇石は殊勝にもそう考えた。なぜそう考えたのかというと、心のどこかに都鶴に対して懺悔の気持ちがあったからだ。
「二人の友情まで否定する必要はないと思う」
「え?」
「彼女自身は、君との友情を決して後悔していないんじゃないかな。君と彼女の間には、確かに友情があった。彼女は、強い信念の持ち主だった。君が彼女を拒否したとしても、彼女は変わらなかったと思う。それと、彼女は誰かを恨むような人ではない。それこそ、彼女に失礼だよ」
そうかもしれないと、都鶴は考え直した。
市留は、誰にも優しくて、しっかり者。何より、自分の選択をいつだって信じていた。
「そうでした。市留を疑ってしまって、私、恥ずかしい。市留に謝りたいです」
「きっとまた、君の前に現れるよ」
「はい。楽しみにしています」
都鶴はようやく立ち直った。
「なんだか、ずっと悪い夢を見ていたような気がします」
「それも呪いの影響だったかもな」
「そうかもしれませんね」
市留の姿を探して周囲を見たが、どこにもいない。彼女なら、きっとしかるべき時に出てきてくれるだろう。根拠はないけど、都鶴はそう思えた。
「私、市留の夢を見たことがあったんです」
「ほう、どんな?」
「すっごく楽しい夢でした。私が東京の大学に進みたいと言って、市留は東京で待ってるって、一緒に遊ぼうって言ってくれて……」
思い出しただけで、涙があふれ出した。
「先生も彼女と君の夢を見た気がする。その中で、君に昔のことを謝ってね」
「それ、私も見た記憶があります」
「君も? 不思議だな」
同じ夢を見ていたと知って、二人は不思議な気持ちになった。
「市留が見せてくれた、白日夢なのかもしれませんね」
「そうかもしれない」
蛇石は、夢を思い出すと照れくさくなる。夢の中で起きた感情を、まだ目の前の本人に伝えていない。
「夢の中だけですんだと思ってはいけないな。直接言わせてほしい。昔はすまなかった。自分は未熟であったが、それは恥ずべきことだった」
「いえ。そこまで言わなくても、私はもう大丈夫です。ありがとうございます」
その一言だけで充分に蛇石の心情が伝わってきて、都鶴の胸は熱くなった。両者の間に挟まっていたわだかまりが解けて消えていく。
蛇石は、時計を見た。
「さ、まだまだ終わりじゃない。日が暮れる前にやらないと」
「まだあったんですか?」
全部終わったと思っていた都鶴は驚いた。
「二度と早耶人に呪われないため、今度は僕らが村に結界を張る番だ」
「結界って、どうやって張るんですか?」
「これも念。呪いと真逆の想念で祈る」
「じゃあ、一人より二人。手伝います」
二人で祈って結界を張った。
村全体が薄紫色の炎で包まれたように見えたかと思うと、上空に巨大な光の帯が現れて、クルクルと回って大きな輪を作った。まるで光の龍が喜んでいるようだった。
龍の体から鱗が零れ落ちるように、光の粒がキラキラ輝きながら降ってきて、村全体を覆っていく。
都鶴は、そのような現象を見るのが初めてで驚いた。
「先生! 上空で光の龍が輪を作っています!」
「それは結界のエネルギーだ。これで村は守られるだろう」
「美しい光景ですね」
二人で感動した。
先ほどまで村は瘴気に満ちていて、都鶴は気持ちが悪くて出来るだけ吸わないように息を殺していたが、今は躊躇なく深呼吸できる。
「なんだか、空気が綺麗になったように感じます」
「村が浄化されたんだ」
「祓った呪いはどうなったんですか?」
「呪詛を掛けた人に返るから、福籠早耶人のところにでも行ったんじゃないかな。今頃拘置所で悲鳴を上げているかもな」
蛇石は、大役を果たした満足で笑顔になり、軽口まで叩けるようになった。
「呪いがなくなって、みんな成仏できるでしょうか」
「どうだろうね」
都鶴は、生贄となった三人のことが心配になった。
市留だけじゃなく、彼らも成仏できますようにと祈った。
「呪いは消えたから、村に入っても大丈夫だ。行ってみよう」
村のどこに行っても、清らかだった。小川のせせらぎ。小鳥のさえずり。ミツバチが花の蜜を求めて飛んでいる。嫌な感じがどこにもない。
「村は大丈夫そうですね。帰りますか?」
「まだ気がかりな場所がある」
「まだ? どこですか?」
「福籠家だ」
「出来れば近づきたくない場所ですけど」
「あそこでは、福籠彩人が亡くなっている。彼の魂がまだそこで苦しんでいるかもしれない。彼は、早耶人に苦しめられた一番の犠牲者。死んでも苦しんでいるのなら、何とか救ってあげたいんだ」
「私も彼のことは気になっていました。分かりました。行きましょう」
二人は、福籠家に向かった。
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