福籠彩人

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 天井がとても高くて光が届ききらない。梁も柱も太く大きく、大広間では大黒柱が、仏間では豪華な欄間が目を引いた。  この村では、お互いの懐具合を比べてけん制し合い、仲間の目を気にして虚栄を張る風習があった。その集大成が家屋なのである。  いかに儲けているかを競い合った結果、家は大きくなり、柱も瓦も豪華になっていった。  仏間を見ると、先祖代々の遺影が鴨居にずらりと飾られていた。中には、写真ではなく筆絵で描かれたものもあった。  都鶴は、それら一つ一つから視線を感じて背筋が凍った。どれを見ても、目が合ってしまう。  廊下に出ても、曲がり角の向こう側、梁の後ろ側、天井の暗い隅に何かがいてこちらを見ているような気がして怖くてならない。 (気のせい、気のせい)必死に自分に言い聞かせた。  蛇石は、何も感じていないのか、暗い廊下をギシギシと音を立てて奥に進んでいく。その鈍感さが羨ましい。 「先生、どこに行くんですか?」 「彩人の部屋」  蛇石は、何度も家庭訪問した経験から、どこの家庭であっても部屋の配置を大体把握している。 「彩人の部屋はここだったはず」  キィーと嫌な音を立ててドアを開ける。部屋の中はほこりが積もっていたが、彩人のものと思われる勉強道具や本が棚にきちんと収められて、こざっぱりと片付けられている。彩人の几帳面な性格が見て取れた。 「特に異変はないな」  勉強机の棚に小学校の卒業文集が置かれていたので、手に取った。  自分が担当したクラスで、皆で作り上げた手刷りの粗末な文集。パラパラとめくっていくと、当時の光景が鮮やかに蘇ってくる。 「卒業文集を大切に保管していたんですね」  横から都鶴が覗き込んで感心した。 「私、どこかにやってしまいました。捨ててはいないと思うんですけど」 「見るか?」  都鶴は、手渡された文集の中を見た。クラスのトップ3とか、趣味とか、似ている芸能人とか、いろいろ楽しく書いてある。 『将来の夢』のページに自分の名前を見つけた。子供っぽい字で恥ずかしくなる。 『大人になったら東京に行く』と書かれていた。  都鶴は、自分で書いたのにそのことをすっかり忘れていた。この時は、市留がいてくれたから、東京に行くという夢を持てたんだと思った。  市留の夢は、『先生になる』、彩人の夢は『海外に住む』だった。兎川七奈は、『好きな人のお嫁さんになる』と書いてあった。 「……」  三人には、もう夢を実現することが出来ないのだと思うと、とても哀しくなった。  なぜ彼女たちは死んで、自分は生きているのだろう。すべてが間違いであってほしい。  そんなことを考えながら感傷に浸っている都鶴に、蛇石は申し訳なさそうに言った。 「そろそろ移動するけど」 「はい。すみません。夢中になってしまいました」  隣の部屋に行くと、机、本棚、タンスは置いてあるのに、本や紙類がなかった。物がなさ過ぎて戸惑う。 「何もないですね」 「こっちは早耶人の部屋。精神科医が鑑定するために、警察が一切合切押収していったんだろう。成長記録や生育環境の分かるもの、考え方が出る日記や作文、どのようなものに興味があったか分かる書籍は貴重な資料となる」  そう考えれば、この何もない部屋にも納得がいく。  早耶人がよく着ていた愛用のジャンパーが、ハンガーに吊るされて鴨居に引っ掛けてあった。それだけが、早耶人がこの部屋を使っていたことを感じさせた。  部屋にいると、誰もいないはずなのに、どこかで「ドサリ」と重たいものが落ちた音がした。 「ヒェッ」  都鶴はびくついた。  二人で耳を澄ますと、「ギシッ、ギシッ」と、擦れて軋む音がかすかに聴こえてくる。 「どこからだろう」  音のした方に向かう蛇石を、「一人にしないで下さい」と、弱弱しい声を出しながら都鶴が追いかけた。
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