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「この辺りか?」
音がした部屋に行くと、2間ほどの納戸だった。そこに福籠彩人が立っていて、二人が来ても身じろぎもせずジッとどこか一点を見ていた。
「彩人君!」
嬉しくなって思わず駆け寄ろうとした都鶴だったが、ハッとして足を止めた。顔に精気がない。彼はそこにいるのに、生者ではない。間違いなく亡者である。
都鶴は、幽霊であっても「会えて良かった」と、嬉しくてすすり泣いた。
蛇石も、元教え子である彩人に、恐怖とか嫌悪とかを一切感じなかった。教師と生徒だったあの頃と同じように話しかける。
「話はできるかい?」
「……」
彩人は、蛇石の問いかけに、かすかに目を動かす。
「君はここにずっといたのか?」
彩人がわずかに頷いた。話は通じている。
「僕たちに伝えたいことがあるから、君の方から姿を現わしてくれたんだよね?」
彩人がコクリと頷く。
「何を伝えたいんだ?」
「七奈はどうしている?」
精気のない声だが、ハッキリと聞き取れた。
兎川七奈より先に死んでいる彩人は、彼女の死をまだ知らない。
死んでもなお、恋人だった七奈を心配していることに、都鶴は感動してまた泣いた。
「七奈は……」
「僕が言う」
蛇石は、話し出した都鶴を急いで止めた。
それを教えてしまうと、ショックを受けて冷静な会話が出来なくなることが心配だった。そこで蛇石は、自分の聞きたいことを先に聞くことにした。
「そのことなら、最後に教える。僕からも、君に聞きたいことが山ほどあるんだ。無理なら答えなくていいから教えて欲しい。君は、どうして亡くなったんだ?」
彩人は黙って上を見た。太い梁が一本、天井を横切っている。あそこで首を吊ったと言いたいようだ。
「君は、あそこで自ら首を吊って死んだのか?」
彩人が頷いた。
「本当に? 自分で?」
「父さんも、じいちゃんも、ここで首を吊った。だから、僕もここで首を吊った。この家で、一番ふさわしい死に方だから」
短命に終わった代々の当主たち。彼らは、皆、ここで首を吊っていた。
気が付くと、先端が輪になった首括り用の太い縄が、何本も梁から垂れている。
「うわ!」
「キャア! さっきまでなかったのに!」
さすがに驚いて、二人共大きな声が出た。都鶴が蛇石の腕にしがみつく。
それらは、まるで重いものがぶら下がっているかのように引っ張られた形で、風がないのにブラーン、ブラーンとゆっくり揺れている。
「先生、私は幼い時に、お年寄りがこの家のことを『首吊りの家』って呼んでいるのを耳にしました」
都鶴は、家に帰ってそのことを母に話した。母は怖い顔になって、『誰にも言わないように』と、きつく口留めされた。子供心にも恐ろしいことなのだと思って怖くなり、それっきり誰にも話していない。
「先生もその噂なら聞いたことがある」
「先生も?」
「この小さな村で、そのことが耳に入らないはずがない。ただ、あまりに不謹慎なので、子供の耳には届かないようにしていたんだ」
都鶴は、自分だけが重い秘密を抱えていたつもりだったが、誰もが知っていたと聞いて、自分だけじゃなかったと気が楽になった。
ドサリと縄から人の落ちた音がしたので、都鶴は飛び上がって驚いた。
「ワワ! 先生!」
音だけで、何も落ちていない。
縄がユラユラと軽い感じで揺れていたが、目の前で消えていった。
「さっきの音も、縄から人が落ちた音だったのか」
原因が判明しても、まったくスッキリしない。落ちたのは誰なのか。却って不気味さが増しただけだ。
「この家は怪奇現象が多すぎる。それはともかく、彩人君。君の自殺は、早耶人と関係あったのか?」
彩人は、早耶人の名前にビクッとして、顔を両手で覆ってブルブル震え出した。尋常じゃない様子に蛇石は驚いた。
「早耶人がそんなに怖いのか?」
彩人がコクコクと頷く。
「自殺の理由は、何だったんだ?」
「兄さん……」
「早耶人が原因? 何をされた?」
「七奈を殺せと命じられた」
「何だって!」
「僕は、兄さんに支配されていた。だけど、それだけはどうしても出来なかった」
「板挟みになって悩んだ挙句、君は自殺したということか」
彩人は大きく頷いた。
重苦しい話だ。彩人は今でも早耶人に怯えている。それでも、こうして打ち明けてくれた。それは、彼にとって良い兆候であると蛇石は考えた。
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