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彩人が再び問う。
「七奈はどうしている?」
都鶴は、ボロボロと大粒の涙をこぼした。
彩人が自分の命を消費してまで守った七奈。それなのに、結局、死んでしまって、こんな悲劇はない。その事実を告げることは、とてつもなく残酷な仕打ちであり、とても本当のことを言えない。
ウソを吐くことにした都鶴は、大きく息を吸って、(これは、良いウソだから)と、自分に言い聞かせた。
「七奈は……、げ……」「もう亡くなっている!」
蛇石が都鶴の声に被せてきて邪魔した。
彩人は、その言葉にショックを受けて、「ウワア!」と大きな悲鳴を上げた。
「ウワア! ウワ!」
錯乱したかと思うほど、取り乱して嘆き悲しんだ。
都鶴は、蛇石を詰った。
「先生! 酷い! 何も今、本当のことを言わなくてもいいじゃないですか!」
「彼には事実を知る権利がある。そうしないと、あの世で会えないだろ?」
「そうですけど……」
それを言われると、何も反論できない。
「彩人君、落ち着いてよく聞いてくれ。七奈さんは……」
「分かっています。兄さんが殺したんですね。兄さんなら絶対に決行する!」
彩人には分かっていた。兎川七奈が死んだということは、そういうことだと。
「七奈! 七奈!」
彩人は、四つん這いになり、拳で床をドン! ドン! と強く叩いて悔しがった。
蛇石は慰めた。
「早耶人は警察に捕まっている。必ず罪を償わせる。辛いだろうが、君は自分のことに専念するんだ。君を支配していた早耶人は、もういない。兄の呪縛から解き放たれて、自由になるんだ」
三人の頭上から、不気味な声が聴こえてきた。
「果たしてそうだろうか」
「え?」
彩人が喋ったのではない。
「誰だ?」
声の主は姿を見せていないが、声質には聞き覚えがある。
「その声は、もしかして、早耶人?」
「まさか! どうして?」
「兄さん?」
彩人は、早耶人の声にブルブル震えた。
「あり得ない! 奴は今、警察に捕まっている!」
「兄さん……、兄さん……、兄さん……。許して……。許してください……」
彩人がブツブツと早耶人に謝りだした。明らかに異変が生じている。
「彩人君の様子がおかしい」
「彩人君! どうしたの? 具合でも悪いの?」
都鶴が心配の声を掛けるが、彩人には届いていない。
ガクガクと膝が震えている。
「兄さん……、兄さん……、僕は何をすれば良いのでしょうか……」
自ら早耶人に命令を求めだした。
「分かりました……。二人を殺せばいいんですね」
とんでもないことを口にした。
「彩人君、落ち着け。君はもう、早耶人の命令に従わなくていいんだ」
背中を丸めて頭を抱えていた彩人は、徐に上体を起こして立ち上がった。
顔を見た蛇石と都鶴は、「ウッ」と吐き気を催した。元々生気のない顔だったが、今は目が落ちくぼんで骸のようになっている。
友好的な態度はすっかり消えて、全身に殺気を纏った悪霊と化している。彩人は、あれほど嫌った早耶人の命ぜられるままに動こうとしていた。
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