福籠早耶人

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 早耶人(さやと)は無言だが、それでも伝わる強大な憎悪に圧倒される。  都鶴は、蛇石と市留に聞いた。 「早耶人に弱点なんてありそう?」 「子供の頃から知っているが、聞いたことがないな」 「あいつからは、人としての弱さや優しさなど、人間らしさを感じたことなど一度もなかった。玉鉾(たまほこ)陽向(ひなた)といても、彼女に対して愛情は微塵もなかったようだし」  彩人と違い、早耶人は、家族愛も友情も皆無であった。人を愛することなど、彼にとっては一片の価値もなかったように見えた。 「福籠早耶人! よく聞きなさい! あなたの企みは、全て灰燼(かいじん)()すでしょう!」  果敢に早耶人へ宣戦布告する市留に驚いた都鶴は、慌てて止めた。 「ちょ、ちょっと! 市留! そんなこと言ったら、火に油を注ぐようなものよ!」 「任せて。私だって、無駄にループしていた訳じゃない」  蛇石は、心配の止まらない都鶴に言った。 「市留君は、僕らのためにわざと煽ってくれたんだよ」  早耶人が憎悪の目を市留に向ける。彼の意識を自分に集中させることで、蛇石と都鶴に付け入る隙を与える作戦だった。想像以上に効果があったようだ。  市留は、こちらを見ている早耶人を見て、あのことを訊く最後のチャンスだと考えた。ずっと疑問に思っていた、玉鉾陽向のことだ。 「早耶人、一つだけ教えて。あなたにとって、玉鉾陽向って何だったの?」 「あいつには利用価値があった。一緒にいるだけで、事件の関与を疑われにくくなった」  意外にすんなりと教えてくれた。  玉鉾陽向と行動を共にしていたのは、愛情があったなどの甘い話ではなく、便利で利用価値があったからだ。 「彼女の方は、あなたを好きだったんでしょ? そのことには気づいていた?」 「勿論だ。あいつは、従兄弟の玉鉾威風が死んでとても悲しんでいた。威風が学校の噂で木に登ってしまったと知り、それの出どころを探って俺のところまでやってきた。悩みを親身に聞いてやり、共感し、慰めている内にすっかり俺に夢中になった」 「女心を(もてあそ)んだってことね」 「彼女の方こそ、さんざん俺と遊んで楽しんでいたね。俺からは一切誘っていない。いつも一緒にいたがったのは向こうだ」 「酷い!」  市留の声が思わず荒くなる。  陽向が威風のために動いていたことは確かで、優しく相談に乗ってくれた早耶人を好きになってしまったことは、当然の(ことわり)だろう。それを愚弄(ぐろう)する早耶人に腹が立つのだ。 「とにかく、好き勝手できるのも今日で終わりだからね!」 「ククク……」  早耶人は、冷徹な目つきで不敵な笑みを浮かべた。見ただけで、蛇石と都鶴は震えあがる。このまま攻撃に移りそうだったので、蛇石は急いで訊いた。 「ちょ、ちょっと待ってくれ! 僕も聞きたいことがある!」 「まだ続くのか? 無駄な会話で時間を引き延ばしているんじゃないだろうな?」  早耶人がウンザリしだした。気が変わらない内に聞き出さなければならない。 「君自身についてだが、君の身柄は警察にあるはずだ。どうしてここにいる?」 「ああ、そんなことか。あんなところから抜け出すなんて簡単だよ」 「どうやった?」 「霊体になれば、どこだってすり抜けられる。移動も一瞬だ」 「霊体だと⁉ すると、君は生霊(いきりょう)か?」  市留が強く否定する。 「いいえ。生霊程度で、ここまでの憎悪エネルギーは出せません。あれは、間違いなく心霊。人を憎み、恨んで死んだ怨霊そのもの」  市留の言葉で、なぜか早耶人が頷いた。 「そうだ。俺は、肉体から解き放たれて自由となった」 「自分で死んだ、のか……」 「ああ、そうだ」 「方法は? 警察だって見回っていただろう」 「巡回の目を盗んで首を吊った。あいつら、全員間抜けだった」  蛇石は衝撃を受けた。呪いの実行のために、そこまでするとはなんという執念だろう。それだけ、人の命も自分の命も軽んじているということで、その人間性が恐ろしい。  震えている蛇石の隣で、市留は怒りを露わにしていた。 「じゃあ、気兼ねなくあなたを倒せるってことね」 「おやおや、そんな優しさがまだあったのかい? ああ、そうだった。君も俺に惚れていたんだものな」 「いい気にならないで! 自分の過去に反吐(へど)が出るんだから!」  市留は、早耶人に向かっていった。蛇石と都鶴は後方支援に回る。 「僕らは、帯の動きを止めることに集中しよう」 「でも、どうすれば? どうみてもあれらは影ですよ。物理的に止められるとは思えません」 「影……、影か……」  漆黒の帯が市留の進路を邪魔して、早耶人に近づけていない。  どうやれば止められるだろうかと、蛇石は必死に考えた。 (都鶴君の言う通り、こいつらは影だ。踏んでも蹴ってもダメージを与えられない。それなのに、向こうからの攻撃は当たっている)  観察していると、どうやら攻撃と防御で状態を変化させているようだった。つまり、影ではなくて霊体の一種である。 「先生! 足元!」  何本もの帯が、二人の足元に肉薄していた。
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