一ノ関新治

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「あなたは自殺と思われていたのよ」  一ノ関新治は腹立たしそうな顔をした。 「自殺だって? とんでもない! 俺はあいつに殺されたんだ!」 「凶器の小刀があなたの家のものだったから、そう誤解されたようよ。あなたはウサギを殺そうと、小刀を家から持参して小屋に忍び込み、目的を果たした後、自分の腹を刺して死んだってことになっている」 「そんなバカなことするか! 俺はウサギを可愛がっていた!」  怒り出した。 「じゃあ、ウサギを殺していないのね」 「勿論だ! 俺が刺された時、ウサギたちは元気だった」  ウサギを殺したのは福籠早耶人だろう。汚名を一ノ関新治に被せて、自殺の名目として利用したのだ。 「家からそれを持ち出した目的はなんだったの?」 「身の危険を感じたから、襲われた時に反撃しようと思って持ってきた」 「どうしてそう思ったの?」 「威風の事故死は、お前のせいだと(なじ)ったら激高して、ウサギ小屋で話し合おうと呼び出された。あいつ、何するか分からなかったから、護身用で持って行ったんだ。でも返り討ちにあってしまった」 「それだけで、小刀を持ち出す?」 「あいつには、前から不穏な噂があった。馬園倉重の失踪にも関係しているんじゃないかって言われていた。警戒するのは当然だ。そのことも聞こうと思っていた」  それでものこのこ来てしまったということは、相当知りたかったということか。 「馬園倉重さんのことだったら、もうハッキリしている。彼女は福籠早耶人に殺されて、ウサギ小屋の地面の下に埋められていたわ」 「やはりそうだったか。噂は本当だったんだ」  驚くより、納得いった表情になる。 「その噂、誰から聞いたの?」 「威風だ。威風がなぜかそう言っていた」  彼がそのことについて、なぜ知っていたのか気になる。あとで聞けるだろうか。 「玉鉾威風君は事故死じゃなかった?」 「木に登ると格好いいだろうと言ったのは確かに俺だったけど、あの木が腐っていたなんて知らなかった。その前に福籠早耶人が俺の所に来て、『あの木に登ると、女の子にモテるジンクスがあるんだよ』と、教えてくれた。俺は何も考えずに、それを威風に伝えたんだ。そうしたらああなった」  悪気はなかったということらしい。 「ああ! 俺があんなことを言わなければ! あいつは腐っていることを知っていたんだ! 俺の所に来た時点で怪しむべきだったんだ! 全部俺のせいだ!」  一ノ関新治は、嘆き悲しみ、頭を抱えてうずくまった。彼の慟哭が全てを物語っている。  興奮していて、これ以上の対話は無理そうなので、話を切り上げることにした。 「話をしてくれてありがとう。あなたが責任を感じる必要はないし、充分苦しんだんだから、もう楽になっていいと思う」  硬かった一ノ関新治の表情が、少しだけ柔らかくなった。このまま浄化するかと思われたが、その場にとどまっている。 「もうここから離れていいのよ」 「出来ないんだ……」 「どうして?」  出来ないということは、まだ何かに捕らわれているということだ。 「何かが俺の体を押さえている」 「何かが? それって、何?」 「どす黒くて重苦しい邪悪な念だ。俺の周りをグルグル回って封じ込めている。それからは、俺を絶対に離さないぞという強い怨念を感じていて、ずっと俺を苦しめてくる」  そういうと、一ノ関新治は、お腹を押さえて体勢を崩して、「ウー、ウー」と、苦悶の表情になった。出会った時の状況を頭から繰り返している。  よく見ると、彼の周りを薄いけど丈夫そうな半透明の黒い膜が覆っていた。それに阻まれて、天に昇れないようだ。  呪いという言葉が思い浮かぶ。 「これは、呪縛……?」  忘れかけていたが、福籠早耶人は村に伝わる呪詛に詳しかった。  廃トンネルに置かれた呪いの祭壇も、彼の自作だった。詳しくなければ出来ないことだ。  この場から離れられずに、死んだ時の痛み苦しみを繰り返している彼の現在の状況に、深く関わっているのかもしれない。
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