玉鉾威風

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玉鉾威風

 小学校に戻ると、玉鉾威風が亡くなった校庭に行った。その木は事故直後に切られてしまって、今では大きな切り株だけが残っている。  事故死ではあったし、とっくに天に昇っているかもしれないと思っていたが、彼は木の上でぼうっと立っていた。いや、木はない。だけど、彼は木に登っているように見えている。 「玉鉾君!」  下から呼びかけると、私に気づいた彼が幹を伝って降りてきた。当時と変わらぬ元気な姿だ。 「久しぶりね。転校生だった星降市留だけど、覚えている?」  玉鉾威風は、うんうんと頷きながら「覚えているよ」と答えた。成長して大人になった私でも、彼にはすぐ分かったようだ。  彼を前にすると、なぜか私も小学生に逆戻りした気分になる。 「自分が亡くなったこと、分かっている?」 「今はな」 「当初は分からなかったってこと?」 「ああ。気が付くと木の上にいて、枝が折れて落下して、また気が付くと木の上にいて、落下して、その繰り返しだった。だけど、毎日のように従妹の陽向がやってきて、俺の名前を呼びながら泣くから、ああ、俺、死んだんだって理解した」  陽向は、お墓の前でも泣いていた。ここでも同じく、彼の名前を呼びながら泣いていた。  そのことで彼が自分の死を自覚したのなら、彼女の行為は有意義であったと言える。  そんなに優しかった玉鉾陽向なのに、どうしてあんな化け物に惹かれて犯罪に手を染めてしまったのだろう。それが不思議であり、とても残念なことである。  それにしても、玉鉾威風がいまだに浄化していないのが気になる。 「あの日、どうしてこの木に登ったの?」 「一ノ関新治が言っていた。この木に登れば、みんな感心するだろうって。俺は、クラスの、いや、学校のボスだからな!」 「モテるってジンクスから登ったんじゃなかったの?」 「う……。誰からそれを?」 「あー! やっぱり、たくさんの女子からモテたかったんでしょ!」 「違う!」 「どう違うの?」 「俺は……」  そこで言いよどむ。 「俺は? 何よ。気になるから教えて」 「君の気を引くことが出来ると思ったから。決して、誰でも良かったわけじゃない」  玉鉾威風は、小学生男児らしく照れ臭そうに目を合せず言った。  彼とこんな話が出来るとは思わなかった。こうして話してみると、決して分かり合えない人ではなかったと気づいた。
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