恋愛シミュレーション、スタート!

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恋愛シミュレーション、スタート!

 次の日の朝。 「さつきー、イケメンの彼氏さんがお迎えに来てくれたわよー」  お母さんの言葉に、飛び起きた。  お母さん、今、なんて言った!?  あわてて、部屋の窓から外をのぞく。  確かに、家の門の前にイケメンが立っているのが見えた。 「氷室くん!?」  あたしは、窓を開けて叫んだ。  イケメン……――、氷室くんはあたしを見上げて、笑いだした。 「ちょっと、いきなり何ですか!?」 「いや……――、ねぐせ、すごいな」  氷室くんの言葉に、急いで部屋の鏡のところへ、かけよる。 「ぎゃああああああっ」  起きたばかりのあたしのかみは、爆発していた。  こんなかみがたを、氷室くんに見られたなんて、はずかしい。 「いっ、今のは見なかったことに……!」  顔は出さずに、外に向けて大声で言うと、声が返ってくる。 「いいじゃん、それも小説に書けよ」  はなれていても、氷室くんの笑い声が聞こえてくる。笑いごとじゃない。  いやでも、氷室くんの言う通り。これも小説に使えるな。いいネタゲット! 「そんなことより、早く準備しねぇと遅刻するぞ、冴島」  ねぐせを見られたのは、ショックではあるけれど。  イケメンに起こされて、イケメンと登校できるなんて、なんて幸せ者なんだろう。  ドンドン。バタバタ。ドタバタガッシャン。  色んなものをけとばし、散らかしながら、お母さんに怒られながら。  かばんを持って、食パンをくわえて、家のとびらを開けた。 「お待たせしました!」 「……いや、面白かったからいいよ」  氷室くん、まだ笑ってる。あたしたちは、学校へ向けて歩き出す。 「歩きながら食べて、のどにつまらせるなよ」 「……ご心配、ありがとうございます」  ほぼ毎日そんな感じなので、なれてます。  その言葉も、食パンのかけらと一緒に、飲み込んだ。 「それで、小説は進んだか?」 「はい。……昨日、書き進んだ分です」  あたしは、小説の本文を書いたノートを見せる。  小説投稿サイトに投稿した内容を、ノートにも書き写しているの。  気になるところ、おかしなところがないか見直すためにそうしてるんだ。 「ちなみに昨日の夜、この部分までは投稿しました」 「早いな」  氷室くんは、興味深げにノートをパラパラとめくる。  人に自分の作品を見せるのって、どきどきするよね。  面白くない、ダメダメだ。そう言われたらどうしようって不安になる。  でもそれと同じくらい、ほめられる時のことを想像する。 「ちなみに、投稿サイトの通知は見たのか?」 「いえ、怖くてまだ見てないです」  新しい小説を投稿し始める時は、いつもそう。  がんばって書いたけど、誰も見てくれてなかったらどうしよう。  見てくれてたとしても、全然面白くないって感想ばかりだったら?  そんなことばかりが、頭をぐるぐるしていて、怖いんだ。 「……」  氷室くんは、だまって歩きながら、小説を読んでくれている。  しばらくして、ノートを返しながら、一言。 「……すごいな。ほんとに、お前が書いたのかよ」 「はい」 「小説を書いている時のお前はきっと、いきいきしてるんだろうな」  オレと同じだな、そう彼は言った。 「楽しいと思えることがあるって、幸せだよな」 「そうですね」  あたしには小説が、氷室くんにはイラストがある。  何か打ち込めるもの、楽しいと思えるものがあること。  それって確かにすごく幸せなことなのかもしれない。 「……きっと、いい作品になるよ」  そう氷室くんに言ってもらえて、自信がわいてきた。 「がんばります」  たとえ見てもらえなかったとしても。絶対書き続けよう。そう思った。
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