俺は女装趣味があるんだがどういうわけか同じ趣味の奴と付き合うことになったんだけど

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 ―晴人が一ノ瀬と女装姿で出会ってから数日経ったある日の放課後のこと。  晴人は一ノ瀬と一緒に帰っていた。二人は電車通学なので駅まで一緒に行き、そこで別れることになる。  いつものように駅のホームで待っていると、一ノ瀬がやって来た。そして、一ノ瀬は晴人の耳元で囁いた。 「今度さ、二人でどっかに行かない?二人っきりで……」  晴人は一瞬頭が真っ白になったが、すぐに我に帰った。一ノ瀬は悪戯っぽく微笑むと、晴人から離れた。 「まあ、君が嫌だったら無理強いするつもりはないんだけど」  晴人はしばらく考え込んでいた。 (二人?二人きり?いや、俺たちは『秘密』を抱えてるんだ。遊ぶにしても二人きりの方がいいだろう…でも、妙に二人っきりを強調してたような…気のせい?)  晴人は一ノ瀬の方に目を向けた。返事を待っているようだった。 「行く!絶対に行く!」  晴人は逸る気持ちを抑えつつ、返事をした。 「よかった」  一ノ瀬は安心したように笑うと、改札に向かって歩き出した。  晴人は後に続いたが、頭の中はパニック状態だった。 (マジかよ……二人きりかよ……大丈夫なのか?でも、断る理由なんてないよな……ああ、楽しみだなぁ……どこ行こう?何着てこう?)  晴人は妄想の世界へと旅立った。 「ねえ、聞いてる?」  一ノ瀬の声ではっと現実に引き戻された。 「あ、悪い。ちょっとボーッとしてた」 「まったくもう」  呆れた様子の一ノ瀬だったが、その顔はどこか嬉しそうにも見えた。  ―帰宅後、晴人は自室で悶々としていた。 「どうしよう、どうしよう…二人きりってことは……もしかして、デート?」  今までは、一ノ瀬と自分とは関わりのない人間だと思っていた。なのに、ここに来て「女装趣味」という秘密を抱える関係となった。  さらに、今は「二人だけで遊びにいく」約束までしてしまった。晴人は自分がどうすればいいのか、全く分からなくなってしまった。 (一ノ瀬はどういうつもりで誘ったんだろう……やっぱり、俺のことを……いや、そんなわけないか。女装癖があるっていっても、俺は男だし……まあいいか。とにかく、俺にできる限りの準備だけはしておこう……)  晴人はクローゼットを開け、服を選び始めた。  ―数日後、晴人と一ノ瀬は街へ出ていた。行き先は映画館だ。  晴人は映画が好きなので、よく一人で見に行っていたのだが、今回は違った。隣にいるのは一ノ瀬なのだ。  晴人は緊張のあまり、ほとんど会話できなかった。一方、一ノ瀬の方も黙り込んでしまっていた。  晴人はチラリと横を見た。そこには、いつもより可愛らしい格好をしている一ノ瀬がいた。一ノ瀬は視線に気づいたのか、晴人を見てにっこりと笑みを浮かべた。 「どうかした?」 「いや、なんでもない」  晴人は慌てて前を向いた。 (はたから見たら、俺たちはどう見えるんだろうなぁ)  晴人は、ふと、そんな事を考えた。ただの友人同士のように見えるのだろうか。それとも…。 「あのさ……」  一ノ瀬が話しかけてきた。 「ん?何?」 「僕達、周りからはどんな風に見えるかな?」 「えっ!?」  晴人は動揺した。まさか、同じようなことを考えているとは思わなかったからだ。 「うーん、仲の良い友人同士とかじゃないか  な……」  晴人はとりあえず当たり障りのないことを言っておいた。 「そっか……」  一ノ瀬は何やら考えているようだった。 「映画、始まるよ!」  晴人は強引に話を切った。映画は恋愛物で、主人公の男がヒロインの女の子に惹かれていく過程を描いた物語だった。  そして、ラストシーン。  主人公とヒロインが結ばれる場面が映し出された。二人はキスを交わしていた。  それを見ていた晴人の心臓がドクンと高鳴った。  思わず一ノ瀬の顔を見てしまったが、すぐに目をそらすことになった。なぜなら、一ノ瀬が泣いていたからだ。 (一ノ瀬って涙脆いんだなぁ)  晴人はまたしても、一ノ瀬の知らない一面を垣間見た気がした。 「映画、どうだった?」  一ノ瀬は晴人に尋ねてきた。涙はもう乾いたようだ。 「うん、良かったと思うよ」 「そっか」  一ノ瀬は笑顔で答えた。 「それにしても、恋愛ものが見たいなんて、ちょっと意外だな、なんて」 「俺が普段どんな映画を見てると思ってんだ…確かに、恋愛ものはあんまり見ないかもだけど……だって、男一人で行くの、なんか恥ずかしいし…」  晴人は後半、口ごもった。 「恥ずかしいか…一人で恋愛もの見に行くより、その格好の方が恥ずかしくない?」 「それは、そうだけどっ」  今日の晴人の服装は、一ノ瀬と一緒ということもあり、比較的カジュアル寄りにはしていたが、例に漏れずロリィタファッションであった。  言われてみれば、一人で恋愛ものを見るよりも、女装して外に出る方が、はるかに勇気がいることだ。そう考えたら、何故だかおかしくなってしまった。 「笑ってるのも、可愛いね」  なんで一ノ瀬という奴は、こうも自然に可愛いなどと、躊躇なく言えるのか。晴人は顔から火が出そうなくらい熱くなった。 「あ、照れてる」 「うるさい!お前なんかさっき映画見て泣いてただろ!」 「わああ!!言うなって!!」  こうして、二人はしばらくじゃれ合っていた。 「…次はどこに行こうか?」  晴人は話を切り変えた。 「そうだね……ちょっと疲れたから喫茶店でも入らない?」 「いいけど」  そういって二人は近くのカフェに入った。店内には女性客が多かった。晴人が席に着くと、一ノ瀬はメニューを見ながら言った。 「僕はコーヒーにしようかな。友崎は?」 「俺はアップルティーにする」  注文を終えると、晴人はこんな話を始めた。 「俺、今日、一ノ瀬と出かけられて本当によかったよ」 「どうしたの?」 「……いやね、そもそも俺がこんな格好をしてるのは、可愛いものが好きだからなんだ。昔、小さい頃、車とかロボットとか買ってもらってたけど、本当はリコちゃんが欲しかったし…。 「今こういう格好をしてるのは可愛いのが好きでこうなったわけだが、流石にこれはやり過ぎだよなぁ、なんて」  晴人は苦笑した。 「そうだったんだ。だから、友崎は「可愛い」って言っても怒らなかったんだな」 「う、うぅ…」  晴人は俯いた。 「ごめん。嫌だった?」 「嫌じゃないけど…お前に言われると…恥ずかしいんだよ…」  晴人は顔を真っ赤にして言った。 「ふふっ、やっぱり可愛いなぁ」  一ノ瀬はクスッと笑った。 「お待たせしました」  店員が二人分の飲み物を持って来た。 「それでは、失礼します」  店員が去った後、晴人は一ノ瀬にこんな話を切り出した。 「そういえばさ、一ノ瀬はなんで女装してるの…俺は話したぞ!」  一ノ瀬はコーヒーを一口飲む。そして、こう答えた。 「んー、僕、服が好きなんだけど、可愛い服って男物にはないよね。それに、男はメイクしたら馬鹿にされるし…でも、可愛い格好もしたいんだよなぁ」 「なるほど…」  晴人はアップルティーを飲みながら、店内に目を向けてみた。客である女性は年齢は様々で、服装もカジュアルだったり、大人びていたり、そして、ガーリーと呼ばれるような可愛らしい服装の人がいた。 「一ノ瀬はモデルになりたいのか?」  晴人はこんなことを聞いてみた。 「モデルか……モデルになるには、身長が足りないね…」  晴人の身長は170センチだったが、一ノ瀬と並んだ時、身長差はそれ程感じられなかったので、きっと晴人と同じくらいの背丈だろう。確かに、モデルになるにはやや背が低いかもしれない。 「それに、モデルは好きな服が着られるとは限らないしね」 「そうだなー」  晴人は改めて一ノ瀬に目を向けた。今の一ノ瀬は、シンプルなカジュアル系の服を着ているが、髪は緩いウェーブがかかった濃いめのブラウンのウィッグを被り、メイクも入念にしていたからか、女子にしか見えなかった。 「可愛いよ、一ノ瀬」  晴人は何気なく口にしてみたい。すると、一ノ瀬は驚いた表情でこちらを見た。 「あ、ありがとう」  一ノ瀬の顔はみるみると赤くなっていった。 「あ、照れてる」 「もう!からかわないでよ!」 「可愛いって言われたら恥ずかしいんだぞ!思い知ったか!」  晴人は勝ち誇ったように言った。一ノ瀬は少しむくれた顔をしながら、コーヒーカップを口に運んだ。 「でも、一ノ瀬が可愛いのは本当だよ」 「またそんなこと言って…」  一ノ瀬は晴人の顔を見た。晴人は真顔になっていた。一ノ瀬はびくっとなった。 「えっと……友崎?」 「……俺、本当に一ノ瀬のこと可愛いと思ってるよ」  晴人は真剣な眼差しで一ノ瀬を見つめた。 「そ、そう……」  一ノ瀬は動揺して、視線をそらした。 「なんだよ、それ。お前、俺のこと可愛い可愛いって言ってんのに、俺が本気で可愛いって言ったら目をそらして。何?冗談だったの?」 「ち、違う!ただ、びっくりしただけ!」 「ふぅ~ん」  晴人は疑いの目で見続けた。 「友崎は、可愛いよ!」  一ノ瀬は必死になって言い直した。その様子に、晴人は思わず吹き出してしまった。 「おい、笑うなよ!!」 「だって、あまりにも必死なんだもん」 「当たり前だろ!!僕にとっては死活問題だよ!!!」 「死活問題なの?」  晴人の顔は輝いた。 「そ、そうだよ」  一ノ瀬は唇を尖らせながら言った。 「そこまで言うなら、お前が本気なのはわかったよ…ありがとう」  晴人はにっこりと微笑んだ。  ―「じゃあな!今日は楽しかったぜ!」 「僕も楽しかったよ!」  二人は駅の前にいた。晴人が一ノ瀬に別れを告げると、一ノ瀬は笑顔で返した。 「また明日学校で会おうね」 「ああ!」  別れ際、晴人は一ノ瀬に近寄った。 「どうしたの?」  一ノ瀬が不思議そうな顔をしていると、晴人は一ノ瀬の頬にキスをした。 「じゃあ、また明日!」  晴人はその場を後にした。一ノ瀬はしばらく固まっていた。 「なんだよあいつ!俺がチューしてやったのに固まりやがって!だって、俺のこと好きだろ!じゃなきゃ、学校での陰キャ丸出し野郎と完璧ロリィタの美少女が結びつかないだろ!つか、向こうはわかったのに、俺はわかんなかったってのがなんか腹立つ!ぜってー俺の方から「好き」って言ってやんねーからな!」  晴人はときめきと苛立ちの間に揺れながら、家路についた。
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