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溜息が、夜空に消えた。
隣に座る存在。
泣きじゃくって、真っ赤になった瞳。
大好きと言っていた、ミルクティーに口をつけることはない。
愛おしかったし、守りたかった………、
だけど。
君を放すことに決めた。
初夏の風が頬をくすぐる。
最近、暑い日が続いていた。
今日は、久しぶりに涼しい。
窓を開けて、伸びをする。
雲間から覗く太陽。
うん、今日もいい日になりそう。
そう、思っていたのになぁ。
「ねぇ、映画に行こう」
彼女からの電話。
もちろん、二つ返事でOKする。
付き合って一年。
飛び抜けて美人というわけじゃない。
頭も中の上、ってところ。
まぁ、僕も同じなんだけどさ。
だけど、笑顔が可愛くて。
料理も美味しい。
穏やかな彼女が、僕は大好きだったんだ。
だけど。
彼女は待ち合わせ時間になっても来なかった。
大丈夫、ちょっと遅れているだけ。
そう思ってた、のに。
『………………ごめん、な……さっ……』
あぁ。
どうして……………。
ぱらりと捲る文庫本。
彼女が大好きな連続ドラマの原作。
推理ものだけど、読みやすい書き口で抵抗なく。
目が上下に動いていく。
ーーー人の気配を感じて、顔を上げる。
「………え?」
一瞬の出来事だった。
僕の名前を呼ぶ声
涙に濡れた声
何でそんなに悲痛な声を……
ねぇ、泣かないでよ
君が泣くと辛いじゃないか
手を伸ばした。
だけど、空気をつかむばかり。
そばに、いるのに。
彼女に、触れられない。
あ……………
なんでなんで……なんで!!!
認めたくなかった。
認めたく、ないのに!
思い出の波が僕を攫っていく。
引くことはない、ただ寄せるだけ。
一番新しい記憶。
空き瓶に入れられて放流する、小さなメモを引っ張り出して眺めるかのように。
僕は、ゆっくりとそれを手繰り寄せた。
分かっていたはず、なんだ。
だけど………
あの時はまさかこうなるなんて思わなかったんだ。
「……!」
熱いのか、それとも痛みが先だったか。
分からなかった。
一瞬だったから。
だけど、熱さも痛みも激しさを増して。
悲鳴と、怒号と…、カランと何かが落ちる音。
辺りが騒然となった。
ずるずると抜けて行くのは、血液か。命の糸か。
さっきまで読んでいた小説にありそうな文章が、チカチカと脳裏にうつり、消えていった。
多分、あの時だったんだろう。
灯火が消えたのは。
彼女が、泣いていた。
僕の名前を呼んでいた。
応えることは、もう二度と出来ない。
だけど、見守りたくて。
彼女の横に僕はいたんだ。
だけど…………
彼女には、幸せでいて欲しいから。
僕のせいで、彼女が泣き腫らすなんて嫌だ。
ありがとう、大好きだよ。
だから、
君を僕から解放するよ。
「幸せになってくれないと、許さないからね」
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