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「夏の夜が短い理由を知っているかな?」
おじいちゃんの声が聞こえた気がした。
手元の線香花火から煙の香りが上ってくる。
蕩けるような末端から火花が生き生きと爆ぜている。
電灯一つない田舎の夜は暗闇で、手元の線香花火が唯一私を照らしていた。
お父さんの故郷は家から8時間かかる辺鄙な村でいつもお盆の時期にしか帰らない場所。
振り返って古びた木造住宅を見上げる。
おばあちゃんはもう寝ただろうか。お母さんとお父さんは漸く一息ついているのかな。今日は一日中忙しそうにしてたし。
「夏の夜が短いのはな、夏の昼が長いからなんだ。じゃあなんで夏の昼が長いかは知っているかな?」
私は昔から変な子だった。
幼稚園のお絵かきの時間、太陽を青く描いて皆に馬鹿にされた。私は腹が立って皆の太陽を青く塗りつぶそうとした。
幼稚園でも、中学でも、高校でも私の太陽は青色で、皆の太陽に合わせようとはしなかった。愛想笑いをしながら太陽をオレンジ色に描き直せる私だったらよかったのに。
私は私のことが嫌い。こんな私に価値なんてない。
でもおじいちゃんは、おじいちゃんだけは私に向かってそのままでいいと言ってくれた。
「早苗、夏の昼が長いのは夏の昼が楽しいからだよ。いっぱいいっぱい遊べるように夏の昼が長いんだ。さぁ、こっちにおいで?塞ぎ篭ってないで一緒に遊ぼう」
「違うよおじいちゃん、夏の昼が長いのは自転軸と公転軸の関係だよ。夏の昼が長いから昼は楽しいの。因果関係がめちゃくちゃだよ」
「いいんだよ、めちゃくちゃでも。早苗が決めていいんだよ。早苗が思うなら太陽が青くてもいいし冬が夏でもいい。鯨を金魚鉢で飼ってもいいし金槌が空を飛んでもいい」
おじいちゃん家に来るのは決まって夏だった。だからおじいちゃんから夏の遊びを沢山教わった。
おじいちゃんはいつも笑顔で常に優しくて、そんなおじいちゃんといるのが本当に楽しかった。
「早苗、お外に行こう」
記憶の中のおじいちゃんを思い出す。今日見た、棺に入ったおじいちゃんの顔を塗り潰すために。
いつの間にか線香花火は消えていた。
「早苗ー!いつまで外にいるつもり?」
「お母さん……」
「風邪ひくでしょ、なにやってんの」
「花火。線香花火」
「なんでアンタ冬に花火なんかやってんの」
「いいでしょ、別に」
「……まぁいいけど、せめてあったかい格好しなさいよ」
お母さんからコートを受け取り、私は袖を通さずにもう一本線香花火に火をつけた。
いいんだよね、おじいちゃん?私が思うなら冬が夏でもいいんだもんね。
おじいちゃん家に来るのは夏。夏におじいちゃん家に来たなら、楽しいことをやらなくちゃ。
こんな悲しい気持ちは塗り潰さなきゃ。
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