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「だーかーら! 連想ゲームしようって言ってんの。もうすぐ夏休みだし」
放課後の教室。一番前の席で、ノートを開いている天沢薫の机に手を置いた。
話しかけた勢いで少しズレたメガネをくいっと上げながら、三百眼をこっちへ向ける。
「その理由付けがいまいち理解できんのだが。それに、俺になにか得でもあるのか?」
小さく吐いた息も、いちいち一言多い小言も全て小瓶に詰め込みたいほどカッコいい。まず、顔がすこぶるいい。
天沢薫は校内きっての秀才で、中学時代から常に成績はトップ。スポーツは抜きん出て良いとは言えないけど、そこそこできる。
たまに空気を読めないところが玉に瑕だけど、そんなことはマイナス点にはならないわ。
なんたって、この私──椎名胡桃が初めて見染めた男なんだから。
「……あ、ある! 負けた方が、なんでも言うこと聞くの。天沢が勝てば、私をコキ使えるよ?」
点、点、点と沈黙が続いて、「ふーん」の一言だけが落とされた。
どんな意味合いが含まれているのかは定かじゃないけど、たぶんアレだ。興味はないと言いたいんだろう。
だけど、ここで引き下がるわけにはいかない。どうしても、このゲームを実行しなければならないの。
「あ、天沢のほしい赤い参考書買うってのはどう?」
たしか、大学入試用の本って2000円くらいするんだよね?
勉強のためにそんなお金を払うなんて信じられない。私なら、迷わずエチュードのリップティントに使うわ。今回は取り引きだから、太っ腹に宣言させてもらったけどね。
明るい巻き髪を揺らしながら、私は机の前から動かない。こうゆうのは、粘り強さが勝利の鍵なのよ。
すると、少し考えるように視線を落として、天沢薫が顔を上げた。
「ふむ。なんでもか」
その表情が妙に落ち着いていて、急に不安が押し寄せてくる。
「あ、やっぱ、なんでもはナシ! 常識の範囲内で、ね」
とんでもない要求をされたら、企みどころの話ではなくなってしまう。
何を隠そう、私には下心がある。夏休みの終わりに開催される花火大会へ行きたいのだ。天沢薫と二人で。
罰ゲームにかこつけて誘う魂胆なんだけど、もうすでに上手く行く気がしない。
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