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夏休みに入り、スマホを持ち歩く時間が長くなった。お風呂の時間以外は、ずっと近くに置いてある。
だって、いつ電話がかかってくるかわからないから。
一日、二日と過ぎた五日目の夜。お風呂上がりにベッドでごろついていたところ、初めて着信音が鳴った。
深呼吸して、五秒待って、意を決して電話に出たのに、第一声の『帰省』で拍子抜けする。
あくまでも、この電話は連想ゲームの続きなのだ。この人の性格上、分かってはいたけどこれほどまでムードがないとは。
「天沢、今家なの?」
『軽井沢だ』
「えっ、旅行?」
『母方の実家に来ている。毎年、夏休みの初めはここで過ごす』
「へぇ〜、長野かぁ。いいなぁ……って、塾は?」
『この期間は、こっちで特別講習を受けている』
「……ほう」
人様の家の事情はよく分からないけど、天沢も大変そうだな。
こうして私が転がりながら電話をしている最中も、びしっとした格好をして、脚を組みながら紅茶でも嗜んでの片手間なんだろう。
『それで、椎名の答えは』
耳元で呼ばれた自分の名にドキッとする。普段、名前を呼ばれる機会がないから、動揺しちゃったよ。
「そ、そうだなぁ……。野外映画、とか」
小学生の頃は、夏休みになると近くの広場で映画が放映されていた。お母さんやお姉ちゃんとよく見に行ったけど、中学へ上がる頃になくなってしまった。毎年、楽しみにしてたんだけどな。
『それなら、俺も幼い頃に行ったことがある』
「天沢でも映画見るんだ! どんなのが好きなの?」
『〝たとえ世界に嫌われても、僕は君を愛してる〟とか』
がっつりラブストーリーだ。意外すぎて、スマホを持つ手が震えてる。
『ちなみに、椎名はなにを見るんだ?』
「私はねぇ……、基本なんでも見るんだけど。この前見たファンタジーの……」
気付けば、一時間以上も通話していた。しかも、肝心なゲームをほぼ忘れて雑談ばかり。これじゃあ、なんのために電話をしたのか分からない。
天沢だって、勉強しなくちゃならなかっただろうに。こんな時間まで付き合わせて、なんだか申し訳なくなってきた。
「……ごめん」
『なぜ謝る?』
「私が余計な話ばっかりしたせいで、遅くなっちゃったし。親に怒られない?」
『俺は自分で時間を作って電話した。俺の時間をどう使おうと、誰かにとやかく言われる筋合いはない』
スマホを耳に当てながら、胸の奥がキュッと狭くなる。
今まで話していたことは、勝負に関係なくても無駄じゃなかったってこと? 貴重な時間を、費やしてもいい存在になれてるってこと?
『じゃあ、ゲームの続きはまた今度だな』
「うん、おやすみ」
『おやすみ』
通話を切って、ぽてんと枕に顔を沈める。
ねえ、天沢。こんなの自惚れちゃうよ。あとで否定しても、受け入れてあげないんだから。
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