Dynamicsという楔

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Dynamicsという楔

「そうか……良かった。これで、うちも安泰だ」  学校から届いた身体検査の診断書を開くと、父は深く安堵した。その隣で母は唇を結んだが、俺の視線に気づいて微笑んだ。 「思った通りだ。玲二は、優秀だもんね」  優一は、にっこりと笑顔を向けてきた。素直な彼に他意はなく、心なしか自慢気にすら見える。 「優一。分かっているな。これからは、お前が弁えなきゃならんのだぞ」 「あっ。はい、父さん」  たしなめるようにピシャリと楔が穿たれ、2つ年長の優一はぎこちなく姿勢を正した。 「お前もだ、玲二。今までみたいに、兄弟だからといって、ベタベタじゃれついたりしちゃいかん。いいな?」 「……はい」  父が数分前に口にした『良かった』の言葉は、俺の胸の奥で棘を生やした。良かったのは、αじゃない。鷹御堂(たかみどう)家が存続することが良かったと言ったのだ。  この日を境に、優一と俺の関係に一線が引かれた。仲の良かった兄弟(おれたち)は、同じベッドで寝ることも一緒に風呂に入ることも禁じられた。ふざけて小突きあうような身体接触さえ、優一が意識して避けるようになった。  毎年4月になると学校で実施される集団身体検査では、12歳だけ「Dynamics」の検査項目がある。血液と唾液から分析されるのは、その後の生き方さえ変えてしまう「第2の性」だ。全人口のおよそ2%といわれるα(アルファ)は、社会の先導者。政治家や企業の経営者はαがほとんどで、有名進学校への特待入学、政府機関や優良企業への就職が約束されている。一方、全人口の0.05%、本当にレアな存在がΩ(オメガ)だ。Ωは一言でいうとαを生み出すための繁殖種。男女問わず定期的な発情期を持ち、妊娠出産が可能だ。  社会にとって有用なαは、α同士の両親か、αΩからしか生まれない。だから、富裕層のαは、育ちの良いΩを求めている。家系を絶やさないために、高額な結納金や商売上有利になる契約書を携えて、番を買うことは暗黙の了解になっていた。  2年前に受けた「Dynamics」検査の結果、優一はΩと診断され、既に発情抑制剤を服用していた。  発情期のΩが発するフェロモンはαを惹きつけ、抗えない性衝動を引き出してしまう。それは血を分けた兄弟だろうと関係ない。両親――とりわけ家長の責任を負ったαの父が、αとΩ(おれたち)を引き離して育てたのは、理屈では理解出来る。けれど、12の子ども(ガキ)に取っては、大好きだった兄を奪われ、深い喪失感を植え付けられた、忌まわしい出来事でしかなかった。
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