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裏切り者
「な、なんてことを……!」
切れた唇の血を手の甲で拭うと、硬い大理石の床から起き上がる。俺を殴り倒した父の背中が離れていく。
激高――動かぬ証拠を目の当たりにした瞬間、父は腸を沸騰させ、怒髪天を衝いた。
そんな姿を初めて見た。彼は世のα男性の典型に倣い、常に理知的でクール、どんな難題でも卒なくこなして涼しい顔をしてきた。
「貴様っ、どう責任を取るつもりだ! こんな……取り返しのつかないことをっ……」
背を向けたまま俺を責め立てる。はは、顔も見たくねぇってことかよ。
「勘当するならしてくれ。俺は優一を貰えりゃ充分だ」
「貰うだと! ふざけるな!!」
素早く踵を返した父は、カツカツと踵を鳴らして詰め寄ると、再び俺の胸ぐらを掴む。
「貴様のやったことは、裏切りだ! それだけじゃない!! この――恥知らずが!」
バンッ、バンッ、バンッ……ガキッ
往復ビンタじゃ足らず、掌は拳に変わった。
「父さん、やめて!!」
「貴方、もう、やめてください……!」
されるがままサンドバッグになっていると、父の背中越しに、人影がすがり付いてきた。左側に兄の優一が、右側に母が、どちらもクシャクシャの泣き顔で怒れる家長を必死に止めようとしている。
「許さん! 許さんぞ!! 貴様など……出て行けっ!!」
母に右腕を抱きかかえられて、ようやく連打は止まった。汚らわしい虫を払うが如く、父は力任せに投げ捨てて去って行く。俺は再びドサリと崩れた。冷えた床が心地良い……。
「玲二っ!」
何発か喰らった顎への殴打が効いた。ぼやける視界一杯に、美しい泣き顔が迫る。なんだよ、お前……シャツがはだけたままじゃねぇか……ちゃんと止めなきゃ……色気、ダダ漏れだろ……。
「泣く、な、ょ……」
呼気が生臭い。伸ばした右手の指先が、玲二の頰に届かんとした矢先――視界に緞帳が降りた。
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