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焦燥感
地下の倉庫で寝かせていた赤ワインを水のように浴びた。元々アルコールに強いとはいえ、フルボトルを2本空けても一向に頭が冴えているなんて、尋常じゃない。
「なんでだよ……」
ダイニングの床にだらしなく崩れて、ボトルから直接喉に流し込む。年代物のヴィンテージ……特別な時に味わって飲むつもりだったけど、もうそんなことはどうでもいい。
「えっ。聞いてないのか、玲二?」
中学からの親友、天澤伊織は、デスクトップから顔を上げた。生粋の日本人のくせに、肩までの長髪はピカピカの金色。それを無造作に1つに纏め、黒縁の丸眼鏡を愛用している。彼もαだから、身だしなみに気を遣えばそれなりにイケメンなのに、トンと関心のない残念野郎だ。
「お前、その話どこから」
「AMASAWA建設の専務」
「翔月君?」
伊織は、実家を継いだ1つ年下の弟を肩書きで呼んでいる。互いに優秀なαだが、兄の方は高校在学中にベンチャー企業を俺と立ち上げてしまったので、必然的に弟が後継者に収まった。選択肢を奪ってしまった、そのことへの負い目があるらしい。
「アイツの秘書が耳聡くてな。先週末の久我山議員のパーティーで噂になっていたそうだ」
人の口に乗るくらいだから、恐らく事実だろう。慎重な父が、たとえ噂の段階であっても、そんな重大な情報を他人に漏らす筈がない。つまり、正式な公表までのカウントダウンは始まっている。
「いいのか、玲二」
「いいも悪いも……」
「お前のそういうとこ、良くないと思うなぁ」
「……るせぇよ」
「フン。俺の目をなめんなよ」
実際、奴の言った通りだった。気もそぞろの俺はミスタッチを繰り返し……4回目のブート音が鳴ると、デスクワークを外された。そのあとは、持ち得るあらゆるルートを駆使して噂の真偽を確かめ――どん底まで凹んだ。
「休暇をやる。これは社長命令だ」
「共同経営者じゃなかったのかよ……」
「うるさい。お前独りじゃ、誤魔化すだろ。俺が退路を断ってやる。そこから先は、お前が決めろ」
全く……俺には勿体ないくらいの親友だよ。
軽くなったワインボトルを傾ける。飲みきって、胃袋より熱い胸の痛みを自覚した。俺はスマホに手を伸ばす。今は真夜中の3時。良い子はベッドで夢の中だ。
ピリリリ……
だけど、優一は良い子じゃなかったらしい。
『今日は無理。明日の午後には着ける』
すぐに既読が付いて、返信が届いた。俺は、スマホの画面に口づけた。
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