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第七話 因縁の相手
―――――――――――――
「ここまで来れば大丈夫だろ…」
同期であるブラッドの腕を掴んで、公園までやって来たギルバート。
そんな汗を垂らすギルバートから腕を振り払うと、ブラッドはよっこらせと近くのベンチに腰を下ろし、足を組みながら言う。
「変わっちゃったんだねぇ、ギルバート。
昔はあんなに可愛いげのあるコマ――いや、子供だったのに。」
「今コマって言いかけたな」
白い目を向けながら、ギルバートは続ける。
「どうしてお前がこんなところにいるんだ、ブラッド。
お前は、ハデス様の配属。
また、逃げ出したのか?」
「もう敬語じゃないんだぁ、ギルバート。寂しい〜」
「…お前には、散々やられて来たからな。魂歴は上でも今は同期。敬語は、なしでいく」
「ねちっこい奴は嫌だな。ちょっと、イタズラしただけじゃん?」
「そのイタズラで、首を持っていかれるところだった!!」
「俺らは死なないんだし、そんなに怒らなくて良くない?」
わざとらしく泣き真似をした後、すぐに頬杖をつき、楽しげに答える。
「逃げ出したわけじゃない。まだ当分は、壊せそうにないし、あの人の元にいるつもりだよ」
ブラッドが悪戯っぽくフワリと微笑む。この甘い優しい顔に、何度もギルバートは騙されて来た。
――言わば、生前のブラッドは、国際指名手配犯の詐欺師、兼、大量殺人鬼である。
「仕事だってば。
じゃなきゃ、再びこんな下界に居たりしない。」
仕事だって?と聞きかえそうとした瞬間、ブラッドが被せてくる。
「――にしても、あのウワサ本当だったんだぁ。
ほら、地球の創造主が人間界に堕ちたって話!」
ギルバートは、過去の数々のやられた記憶を胸に刻み込んで、ブラッドに付け入る隙を与えないように、警戒しながら口を開く。
「それは、違う。
デューク様は自分から下界に降り立たれたのだ」
「ええ〜、うそだぁ。
散々人間を舐め腐ってた男が、突然どう言った風の吹き回し?」
「愛すべきは、人間だと理解されたようだ」
「は?」ブラッドが素っ頓狂に両目を丸くした。
……言いすぎたか――?
ブラッドは、俺と出会う前のデューク様のことを知っている。デューク様の、元は猿だからという以外の人間嫌いの本当の理由も知っているのかも――。
「散々いじめてきたし、そうなるのも無理はないのかな」
「……うまいこといったな」
「え?」
「それより! ハデス様は死者、死神を統べる存在。つまり、死者を迎えに行くのがお前の仕事のはず! なのに、こんなところで油打ってていいのか」
ブラッドがやれやれと立ち上がり、ギルバートに背を向ける形で親子で賑わっている砂浜に目を移す。
「これは、仕事だよ。ここへはあの人から言われて、魂を迎えに来たんだ。まあ、予定より少し早いけど。
ーー正確には、そろそろ死ぬ魂を観察しに来た」
砂浜を見つめるブラッドに気づいた女児が、砂浜から手を振る。
ブラッドは柔らかな甘い笑顔で、それに答えると、黄色い悲鳴が女児ではなく、そばに居た母親から漏れ出た。
「相変わらず、モテるな。殺人鬼のくせに」
そこまで言って、ギルバートは、ハッとしたように叫ぶ。
「まさか……あの子か?!」
「なわけない。
すぐにバレたら、面白くないよ」
そう言いながら、ブラッドは、天界支給のスマホをポケットから取り出す。
そのロック画面が、ハデスの弱点の心臓であること。さらに、通知に恐らくハデスであろうメッセージの名前表記が、「クソジジイ」であることを確認して、ギルバートはブラッドと自分を重ね、少し同情する。
いくら魔界殺しとは言え、さすがに冥界の王、ハデス様には敵わないようだな。デューク様のことは、数秒で手玉に取れたと聞いたが。仕方ない、少しは労いの言葉を――。
「ちっ。あのクソジジ――。いや、退勤のためにもう戻らなきゃ」
大変だな、とギルバートが言おうと思った時。
「――お前のところは、門限がなくていいね。
ウチはちょっとでも定時を破ると閉じ込めの刑に会うからさ。
おかげで、健康は増すばかりだよ」
その瞬間、ギルバートは走馬灯のように、デュークの元での苦労が駆け巡り、精一杯の愛想を向けて言う。
「………ホワイト企業め。殴りたい」
「厨二病のソウゾウシュによろしくね。
――これから、楽しくなりそう♪」
「絡むのは今日だけで勘弁してくれ……」
愉快そうに微笑んだ後、ブラッドの姿が消える。
ギルバートは、複雑な思いに駆られながら、元来た道をノロノロと戻って行った。
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