第一笑 出会いから始めましょう

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第一笑 出会いから始めましょう

第一笑 出会いから始めましょう ―― よし! 出かけよう! ―― 『タ タ タ タ タ タ タ タ タ』と、まるでコソ泥のような忍び足で廊下を歩いている右京が階段を駆け下りようとした、その時。 『ズルッ!』 ―― しまったぁー!! 足が滑ってしまったぞぉーっ!! ―― と、右京は、一瞬で判断した。 しかし右京は滑らなかった足に全体重を乗せ、『トゥ!』と叫び高く飛んだ。 少々飛びすぎたようで、数十メートル飛び上がり、たまたまお散歩中のハトと目があったので会釈だけをして落ちてきた。 『テアァァ―――ッ!!』と右京は気合を入れて叫んだ。 ここは仕方がないので、かっこよく着地しようと考えたのだ。 『シュン シュン シュン シュン!!』 身体を何度もひねり、伸身宙返り(スピン付き)を披露して、キレイに着地が決まっていた。 右京は満面の笑みを浮かべて、―― よし! 満点だ! ―― と、右京は自分自身を大いに褒めて、誇らしげに両腕を上げてガッツポーズをとった。 「あら、右京さん、これからお仕事ですか?」 大屋さんは玄関先の掃除をしていた。 ―― あ、大屋さんにあいさつをしなければっ! ―― 「大家の大屋さん、おはようございます。行って来ます!」 右京は礼儀正しいのだ。 「はーい! いってらっしゃーい! 気をつけてー!」 だが右京は、近くにいた猫のしっぽを踏んでしまい、絡まれ始めたが、走ることなくすたすたと勢いよく歩いた。 「まあっ 今日もドジねぇー!」 大家の大屋は、隣りに突っ立っている電柱に話しかけている。 その光景の一部始終を見ている者がいた。 右京の隣の部屋に住む、一業楓だ。 ―― ああ! 右京さん…    いえ、和馬さん…    いえ、和馬!    今日も、かっこいいわ! ―― 右京がドジなことは、完っ全っに、無視している楓だった。 楓は右京に出会って、一目ぼれの初経験をした。 楓は大人しいタイプで、でしゃばらず、少しだけ影はあるのだが、決して暗い性格ではない、ごく普通の、普通過ぎる、ちょっとだけ魅力もある女性である。 右京は今のアクションシーン通り、身体つきに比例して、かっこいいのだ。 顔も凛々しく、少し短髪で、スポーツマンタイプの陽に焼けた好青年だ。 ひと目見ると、誰もが彼に興味が沸くだろう。 しかし、彼のドジっ振りを見て、女性は全員遠ざかって行く。 だがしかし、この楓は好きになった右京の悪いところは見ない性格のようだ。 右京が一業楓の隣の部屋に引っ越してきた日… … … … … … 『ピーンポーン!』 一業楓の部屋のピンポンが鳴った。 「申し訳ごさいません。  隣に越してきました、右京和馬と申します!」 ――え? 男性? どんな方かしら!―― と、楓は心を躍らせた。 口調と声から、確実に好みの男性だと自信を持っていた。 「はーい! ただいまぁー!」 楓は叫んだ。 もちろん今すぐに参りますという意味で答えたのだが、「おかえりなさい!」と右京が第一のボケを放った。 まずは、軽いジャブのように、ボケから始めたようだ。 しかし、楓の耳には届いていなかった。 ドアを開け、右京の顔を見た途端に、楓は恋に落ちた。 ―― ああ! なんてステキな方なの! ―― 「あ、おかえりなさい。右京和馬といいます」 右京はまだジャブを出し続けているが、楓にはそのジャブは通用しないようだ。 「これ詰まらないものですが、どうぞ」 右京が白いレジ袋を差し出すと、楓は無言で受け取った。 なにやらずっしりと重い。 あとで見て驚いたのだが、キャベツが一個入っていた。 最近はキャベツがまた高騰している。 昨日などは大きなスーパーでは350円もしたのだ。 高い時などは400円を軽く超えていた。 キャベツはまさに高級食材となってきている。 だが今日は250円に落ち着いていた。 ―― こんな高級品を! ―― と、楓は驚いたものだ。 「あ、わたし、一業楓といいます。  こちらこそ、よろしくお願いします」 そしてこの時、第一のドジが起こった。 右京はお辞儀をしたのだが、頭を下げ過ぎて、『ガッッキィィィィィーーーンッ!』と、猛烈な音とともに、ドアの側面で頭を強か打ったのだ。 しかし右京は何事もなかったように、身体を起こした時、強烈なドアのゆがみに気がついた。 「やや! 妙な凹みが!  ここ、直しておきましょう!」 右京は猛烈な力で、『ンググググーーー!』と凹んだドアを、完っ全っに、修復した。 ―― ああ! 右京さん、ステキ! チカラ持ちなのね! ―― 楓は、特に驚いてはいなかった。 右京のチカラを認めただけだ。 「今日から、よろしくお願いいたします!」 右京はお辞儀をしたが、今度は頭を打たなかった。 「はい、結婚してください」 浮かれた気分で楓が言った。 「はい、そうしましょう!」 右京は素直なのだ。 「あ! ごめんなさい… ついつい…」 楓は恥ずかしそうに言った。 「あ、そうですか。  それでは、結婚破棄で」 右京はかなり素直だった。 「それでは、失礼いたします」 「はい、あなた、気をつけて!」 楓はもうすでに、かみさん気取りだった。 … … … … … 昨日のあの初対面のことを思い出し、すっかり出勤することを忘れていた楓であった。 右京は職場には電車を使って出勤する。 走って行けば10分で着くのだが、距離は20キロほどある。 疲れはしないが、この方がサラリーマンらしく見えるからである。 さらに電車内で事件は起こりやすいのだ。 痴漢にスリなどは定石である。 よって、「おい! 金を出せ!」と右京はいきなり強盗に出くわした。 右京の悪者感知センサーが反応し、軽くデモンストレーションを行った。 男が突き出しているナイフの刃を、右手の親指と人差し指で軽く掴みねじったあと、ナイフを曲げたのだ。 変な形のコルク抜きのようになった。 強盗はナイフを捨て、「ヤロウー!」と叫んで右京に殴りかかった。 右京は顔面にパンチを受けた。 その顔はきれいで傷ひとつなかった。 その代わり、パンチを放った強盗の指が全て砕けた。 「ギヤァ―――ッ!!!」と強盗は断末魔の叫びのような声を上げ、右拳を抱きしめてその場にうずくまった。 この強盗は後ほど世にも恐ろしい恐怖を体験することになる。 指の骨がボッキリ折れた場合、手術を行う。 執刀医はレントゲンを見ながら手術をするのだが、まずは局部麻酔をしてから徐に電動ドリルを取り出す。 ウソでもオーバーでもなく、これは真実なのだ。 そしておもむろに、指に突き刺していく。 まるで 悪魔のような顔をして… 『ケケケ…』 手術を受ける者は、執刀医の話すことを聞いて問いかけに答えなければならない。 「はい、レントゲン見てー  今これ、ドリルの刃、入っているのわかるよね。  これからこの奥のホネに穴を開けて、  針金を通すからね」 ポッキリいった本数だけ、これが繰り返されるのだ。 ここまでは、ほぼ感覚がないのでまだマシである。 地獄はこのあとだ。 術後の痛みはとんでもないものとなる。 針金は指の動きに逆らうように取り付けられる。 そして手術により傷になった部分と、割れてしまったホネなどにより、考えられないほどの激痛が全身を襲うのだ。 もうこれは完っ全っに拷問である。 鎮痛剤など全く効かない。 2日ほどは新鮮な痛みが消えない。 そしてホネが完全に固まった時に、最後の苦痛が、針金を抜く施術だ。 これはそれほどの痛みはなく、ほんの一瞬我慢すれば解放される。 実は、全身麻酔を行うという手はあるのだが、これは知っている者も多いと思うが、なぜ眠りに落ちるのか、解明できていないものもある。 そして副作用として、仮死になるケースもある。 運が悪ければ恐ろしい後遺症が待っているのだ。 全身麻酔を受ける時には、医師によく聞いておくべきだろう。 これが医学のいい加減さでもあるのだ。 と、いうような拷問をこの強盗は受けることになる。 右京は強盗が大人しくなったので放っておいた。 電車は右京の降りる駅に着いた。 右京は何事もなかったように電車を降りた。 ―― 今日もいい日だ! ―― 右京は全く気にもしていなかった。 だが強盗はうずくまり、乗車してきた者たちに蹴られ踏まれて車内の藻屑と消えた。 この時右京はドジなどはしなかった。 強盗が自滅したので、事なきを得たのだ。 右京の職場、それは警察署だった。 右京の業務は交番の警らである。 ほぼ決まった時間に交番を転々と回っていくのだ。 よって事件には比較的遭遇しやすいこともある。 「おまわりさん、これ、落ちてたよ」 小さな女の子が小さなリュックを拾ったようだ。 「はい、ありがとう。  ちょっと待っててね」 リュックの中身は空だった。 中の物を盗られたのか、元々廃棄されたのかはわからない。 ―― 届けは、いらないだろう ―― 「お嬢ちゃん、ありがとう。もういいよ」 「うん! バイバーイ!」 女の子はいいことをしたなどと思って、右京に手を振って走って行った。 ―― みんな、あんないい子ばかりなら、平和でいいんだけどな ―― もちろん女の子はそれほどいい子ではない。 年齢で言えば八才程度で小学生だろう。 今日は平日で、休校日などでもないので、親に黙って学校をさぼっていたのだ。 さすがの右京でもここまではわからなかったようだ。 『ガンッ!! ドォ――ン! ドドドォ――ンッ!!』 右京はロッカーを開けようとして少しかがんだ時に、そのロッカーの扉で頭を打って、なぜだかそのロッカーを背負い投げしていた。 ―― なにがあったんだ?! 襲撃かっ?! ―― と、拓馬は本気で思っていた。 全くの自業自得のワザだった。 無残にも凹み捲くっているロッカーが転がっている。 『ガンッ グググッ ゴンゴン!』 右京は瞬時にロッカーを修復した。 そして新品同様になった。 ロッカーを元の位置に置いて、内部を瞬時にきれいに片付けた。 この中に大きなダンボール箱が入っている。 善意の落し物箱だ。 その箱の中に、届け出た日付と右京の名前を書いた紙を、リュックに貼り付けてから入れた。 ―― これでよし ―― 交代の時間が来た。 次は本庁に戻り休憩だ。 右京はついつい犬のしっぽを踏んで、その犬と飼い主に大いに絡まれた。 右京にとっては何事もない一日だった。 駅から徒歩での帰り道、そいつはやってきた。 「おい! ブルーパーだろ! おまえ!」 黒ずくめの男が、右京を呼び止めた。 「いえ違います。  私は右京といいますが、あなたは?」 右京はブルーパーなのだが、すっかりと忘れているようだ。 「う、あ、いや、人違いでした」 右京はここで大ボケをかました。 今出会ったのは、右京が敵対する悪の組織の幹部、ブラックソルジャーだったのだ。 「おのれぇー! ブルーパー! どこだぁー!」 ブラックソルジャーは、怒りに打ち震えている。 「あ! すみません!」と右京は眉を下げてブラックソルジャーに言った。 「え なんですか?」とブラックソルジャーは答えた。 人は見かけによらず、ブラックソルジャーは礼儀正しいのだ。 「今は右京和馬ですけど、変身すると、ブルーパーになるんですけど」 右京は自分がブルーパーであることを思い出したようだ。 「そ、そうだったのか!」 呆れたふたりである。 「そうとわかれば、行くぞ! ブルーパー!」 黒ずくめの男は空手の構えをとって、半身に構えた。 「いや、待ってくれ! ここで戦えば、被害甚大だ!」 「そ、それもそうだな…」 ブラックソルジャーは、お人好しでもあるのだ。 「走っていくので、ついて来てくれ」 「いいだろう、かけっこだな」 『幼稚園児か!』と突っ込みたくなるような、ブラックソルジャーの『口撃』ぶりだった。 「ブルーパァー… 目に物、見せてやるぞ!」 『ドッキュ――――ン!!』  右京は早かった。 そして十数キロ離れた山の中腹にある砕石所に移動した。 タイムは5秒フラットだった。 一方ブラックソルジャーは、なかなか現れなかった。 10分待って、ようやく到着したのだ。 「お疲れさん。  これ、飲めよ」 右京は、『スタミナ! これ一本!』という栄養ドリンクをブラックソルジャーに手渡した。 「あ はぁ はぁ あ ありがと…」 ブラックソルジャーは鈍足だった。 そしてもうすでに、満身創痍で戦意喪失状態だった。 「では…  いくぞっ! ブラックソルジャー!」 ブラックソルジャーは名乗っていないのに、右京は名前を知っていて、さらには敵だと知っていた。 たぶん、顔見知りだったのだろう。 右京は叫び、かっこよくポーズを決めようと思ったのだが、力みすぎて足を滑らせた。 だが、残った足で大地を蹴り、スピンと回転をし、たまたまブラックソルジャーに蹴りが入った。 「…ブルーパーキーックッ!!」 右京はブラックソルジャーを蹴って、着地してから叫んだ。 技名を叫んだのは照れ隠しのひとりごとのようなものだ。 「おのれぇー… ブルーパァー… 覚えていろよぉー!」とブラックソルジャーはうなって、大爆発した。 死んだはずなのだが、また帰ってくるようなことを言ったが、右京は気にしなかった。 すると右京はあることが頭にひらめいた。 「変身するの、忘れてた!」 ブルーパーではあるのだが、ブルーパーに変身することなく戦い、簡単に勝ってしまうという、強いがちょっとおバカなヒーローである。 みんなも暖かい目で見守ってやって欲しい。 「楓! 朝ごはん、頼むよ」 右京は新聞を読みながら言う。 「はいあなた、今すぐに!」 楓は何やら刻みながら、右京に振り返りその言葉に答える。 ブルーパーこと、右京和馬は逢っていきなり楓に求婚され、その場は結婚を破棄したはずなのだが、そんなことはすっかりと忘れて、一業楓の部屋に勝手に上がり込んでいた。 右京は本能で、楓を求めているのかもしれない。 そして楓も、―― 勘違いでも構わないわ! ―― という気持ちで右京に接しているのだ。  「はいどうぞ! 召し上がれ!」 楓は大盛りごはんと、旅館の朝食のような料理をトレイに乗せた。 右京のために愛情込めて作ったようだ。 「おお! うまそうだな! いただきます!」 右京の動きが止まった。 「そういえば、結婚破棄してたんだよな。  いやぁー申し訳ない、一業さん、また来てしまった」 どうやら右京は、忘れていた全てを思い出したようだ。 「いいのよ、あなた。  ゆっくりと食べてらして」 楓は右京がいるだけで、そんなことなど、どうでもよかった。 「はぁ、申し訳ない…  では! いただきます!」 右京は礼儀正しく楓に言う。 楓は右京に来てもらえるだけで、嬉しいのだ。 そしてその気持ちを伝えたいのだが、どうしても言えない。 言おうとして、とんでもないことを口にすることが怖いのだ。 ―― 今のままでいいんだ… ―― 「楓! おかわり!」 右京に遠慮などはない。 もうすでに、結婚破棄のことは忘れている。 右京はもうすっかりと、楓の亭主に戻っていた。 「はい! しっかりと食べていってね!」 楓は笑顔で答える。  「いやぁー楓、うまかったよ。  それじゃ、行ってくる!」 右京は心からの感謝の言葉を述べる。 「はい! 気をつけて! 頑張ってきてね!」 楓は心から右京のために言葉を尽くす。 「おう! おまえも、遅れないようにな!」 楓は、『おまえ』という言葉に、反応して、大いに照れてる。 ―― これはどう考えても夫婦だわ! ―― とでも、思っているのだろう。 楓は玄関横の小窓を開け、いつもの右京のアクションを待ちわびた。 階段の一番上で、右京は右足を滑らせる。 そして、左足で高くジャンプする。 10階建の、このマンションの高さを遥かに超えて飛んだ。 そして、いつものように、伸身キリもみ大回転をする。 今日は滞空時間が長かった。 しかし、彼は戻って来た。 『ドォ―――ン!』 というとんでもない衝撃とともに彼は大地に降り立った。 足が地面に30センチほどめり込んだ。 そんなことはもろともせず、アスファルトをめくりながら、彼は歩いている。 そして、はたと気づいたようだ。 ―― ややっ?! これはひどいことになっているな… ―― と、右京は思った。 彼が自分でやったことは、全く気付かないようだ。 そして彼はおもむろに、めくれ上がったアスファルトを綺麗にならし、渾身の力を使って押し込んだ。 地盤が元より10センチほど下がったのだが、平になった。 彼は、『よし!』というような気合を入れている顔をして、駅に向かおうとした。 はたと気づくといつも通り、大家がいる。 「おはようございます、大家の大屋さん、行ってまいります」 右京はいつもの様に挨拶をする。 「はーい! いってらっしゃーい! 気をつけて!」 大家の大屋が言った途端に、右京は猫のしっぽを踏んで、また絡まれ始めたので、素早く歩いて猫から逃げた。 その光景の一部始終を見ていた楓は、『ステキ!』といったような顔で、右京を見送った。 そして楓は幸せな気分で片づけをして、今日も昼前に出勤することになるのである。 右京は今日からは電車に乗らない。 なぜなら任務を与えられたからだ。 警視総監 浪川伸晃 ブルーパーの正体を知る、ただ一人の人物である。 「あ! ブルーパーだ! 変身してぇー!」 近所の子どもたちには知られているようだ。 ブルーパーこと右京和馬は改造人間である。 その詳細は誰も知らない。 「よう! 右京和馬こと、ブルーパーじゃないか!」 「あ 博士さん、お久しぶりです」 右京ことブルーパーを造ったと思われる博士が登場した。 「じゃ また後で行くから」 「はい お元気で!」 ―― 博士さん、今日はごきげんだな ―― どうやら、『博士』という名前の人のようだ。 そして博士さんにも、右京の正体がブルーパーと知られているようだ。 「あ、ここだな、裏口は…」 ここは喫茶店、『ピ・カ・ブー』だ。 「おはようございます、ブルーパーです」 どうやら右京が言いふらしているようだ。 「あ! 右京さん!  ブルーパーって?」 「今日からよろしくお願いします」 右京はブルーパーの件は無視した。 右京の目の前にいる女性はこの喫茶店の店長で遊佐小町という。 「四宮さん、エプロンはどれを使えば…」 店長は四宮さんだった? 「あ! ブルーパー、これを使ってね!」 またひとり、右京の正体を知った者が誕生した。 「はい、ありがとうございます」 右京はエプロンをつけて、トレイを持ちフロアに立った。 「今日からここがオレの職場か… がんばるぞ!」と右京が言った途端、ついつい力が入ってトレイをひん曲げてしまった。 ―― ん? 面妖な… 誰が曲げたのだ? ―― ここには自分がやったと気付いていない右京がいた。 「仕方ないな」と右京はひとつつぶやき、渾身の力を込めてトレイを元通りにした。 元のトレイよりもまっすぐにきれいに、まさに新品のようになった。 ―― これでよし! ―― 「右京さん、3番さんにアイスコーヒー、よろしく!」 遊佐が明るい笑顔で右京に言った。 「3番さん! アイスコーヒー、できましたよー!」と、右京が叫んだ。 まだテーブル番号を覚えていない右京がここにいる。 「おう! こっちこっち!」 このテーブルの客は4番だった。 しかも4番の客はトマトジュースを注文していた。 右京が右足を踏み出そうとしたその時、見事に右足が滑った。 右京は素早く右足が滑ったことを感知した。 そして重心を移動し、バランスを取り、アイスコーヒーをこぼさぬように、コサックダンスを始めた。 客たちは右京の滑稽な動きに気付き、手拍手をもってリズムを取った。 どんどん早くなるが、右京は踊り続ける。 そして手拍子が拍手に変わった時、右京のダンスは終わった。 そして右京は3番テーブルにアイスコーヒーを運んだ。 「ブルーパー、ありがとう!」 この客もブルーパーの正体を知っていた。 4番テーブルの客については、無視した。 「右京さん、休憩に行ってきてね」と、遊佐が優しい声で右京に言った。 「はい、どちらまで?」 「そうね… 横浜くらいでいいかしら?」 「はい、では失礼して休憩に行ってきます」 右京は横浜まで休憩に行った。 横浜まで200キロあるが、10分で到着した。 「もう休憩は終わりだな」 右京は急いで、ピ・カ・ブーに戻った。 「あら? もう少しゆっくりとしていらしたらよかったのに」 遊佐が目尻を下げて言った。 「いえ、休憩は20分でしたよね?  おみやげの焼売です」 「まぁ! ありがとう、右京さん!」 「1,080円です」 「まぁ! 安いわね。  はい 540円」 「はい 確かに」 おもろい夫婦漫才のようだった。 しかもダブルボケである。 まさにボケの、『メビウスの輪』状態であった。 このふたりを止められる者は誰もいない。 右京はもうすでに仕事に慣れてしまっていた。 「右京さん、1番テーブル、アイスコーヒーをおねがいします!」 「かしこまったでござる!」 やはりまだまだ緊張しているようだ。 右京が右足を踏み込んだ瞬間に、「ドォ――ン!」と途轍もない音がした。 緊張が度を越していて、床に大きな穴をあけたが、1番テーブルに着いた。 そして右京は平然とこう言ったのだ。 「おまたせいたしました。アイスココアです」 「あ! ありがとう! パープーさん」 一番テーブルの客は、誰のことかわからない名前を出してきた。 しかも右京はアイスココアだと言っているが、アイスコーヒーを運んできた。 「私は今日から、あなたのパープーです」 右京はブルーパー兼パープーになった。 「ブルーパー兼パープーさぁーん!  焼きそば、おねがい!」 右京は瞬間移動で厨房に戻った。 右京は焼きそばに合格祈願した。 ―― どうか受かりますように… ―― と、お願いをしたが、その理由は右京にはわからない。 「2番テーブルでーす!」 右京は2番テーブルまで全力で走った。 店から20キロあった。 しかし、5秒で到着した。 「焼きそば、お待たせしました」 「おー… 早いねぇ!  じゃ すぐに食べるから」 「どうぞごゆっくりと」 右京は2番テーブルさんと2番テーブルを担ぎ、20キロを5秒で走り抜き、ピ・カ・ブーの元に位置に2番テーブルと2番テーブルのお客さんを置いた。 「2番テーブルさん、ご帰還です」 「はい! ありがとう!  今まで遠かったので助かりました。  右京さん、合格よ!」 どうやらこれが本来の採用試験だったようだ。 だが遊佐はどうやって注文を受け、どうやって 運んでいたのだろうか。 そしてなぜ、2番テーブルは20キロ先にあったのであろうか。 これは誰にもわからない。 しかし右京は、そんなことは考えていなかった。 もちろん、今の件が採用試験だったことにも疑問に思っていない。 ―― 青のり、振りかけ過ぎではないのか… ―― 全く違うことを考えている右京であった。 「それじゃ、四宮さん、お先に失礼します!」 右京はエプロンを外して、遊佐に渡した。 結局右京は、ずっと遊佐のことを、四宮と呼んでいた。 「あ、右京さんお疲れ様。明日もよろしくね」 「はい、こちらこそ。それでは失礼します」 右京は丁寧にお辞儀をした。 「はい、お疲れ様ぁー!」 右京は腹がすいていた。 ―― やや! こんなところに喫茶店があるぞ! ―― 右京は客としてピ・カ・ブーに入って行った。 「いらっしゃいませ! あら? こちら、初めてですか?」 「ええ、少し腹ごしらえをしようと。  遊佐さんとおっしゃるのですか」 右京は遊佐の胸につけている名札を見ていった。 「へー、店長さんですか。おひとりで大変ですね」 「いえ、さっきまでバイトの方がいたので、そうでもありませんわ」 このふたり、どこまで本気なのか、誰にもわからない。 「ミートスパゲティーとアイスコーヒーを食後に」 「はい、かしこまりました。  ミートスパゲティーワン、アイスコーヒーワン、入りました」 「はい! ありがとうございます!」 右京は素早く厨房に入って調理を始めた。 「ミートスパゲティー上がりました!  遊佐店長、おねがいします」 「はい、ありがとうございます」 右京は瞬間移動でテーブルに戻った。 「おまたせいたしました。ミートスパゲティーでございます」 「あ、ありがとう。これはうまそうだ」 右京はついさっき、自分で作ったミートスパゲティーを美味そうに食べた。 「まあ! よっぽどお腹が空いてらしたのね」 「ええ、さっきまで少々頑張り過ぎちゃって。  腹減ってたんですよ」 「それではごゆっくり」 右京は、黙々とスパゲティーと格闘した。 「お! きさまぁー! ソースを飛ばしたな! 許さん!」 右京は燃えた。 「次やったら、ただではおかんぞ!」 もう面倒なので、文章で突っ込むのはやめた。 「ふー、うまかった」 自分で作ったミートスパゲティーをうまそうに完食した。 「まあ、もう召し上がったのですか。  アイスコーヒー、お持ちしますね」 右京は頭を掻きながら、「はい、おねがいします」と言った。 遊佐は、右京の使った皿を持って、厨房に行った。 「店長、アイスコーヒー上がりました」 「あ、右京さん、ありがとう。行ってくるわね」 「はい、お気をつけて!」 右京は瞬間移動でアイスコーヒーを作り、瞬間移動でテーブルに戻った。 「アイスコーヒー、お待たせいたしました」 「あ、遊佐さん、ありがとう」 右京は、自分で作ったアイスコーヒーをうまそうに飲んだ。 ―― 店長の遊佐さん、四宮さんにそっくりだな… ―― 同一人物なので、似ていないはずはなかった。 「さて、帰るか」 このあと、怪人と戦うので、腹ごしらえは必要だったのだ。 「すみませーん! 会計、おねがいします!」 「はーい! ありがとうございました」 遊佐は厨房からレジに向かった。 そしていつの間にかレジに立っている。 右京がお姫様だっこをして遊佐を運んできたのだ。 「アイスコーヒーと、ミートスパゲティーですよね」 「いえ、ミートスパゲティーと、アイスコーヒーです」 「あら、失礼いたしました」 言う順番が逆なだけだった。 「お会計、1,280円でございます」 「それじゃ、2,000円で」 「2,000円頂きました。ありがとうございました!」 遊佐は釣り銭を渡す気はないらしい。 「はい、ごちそうさま!」 右京も釣りをもらう気はないようだ。 この喫茶店は、かなり儲かっていることだろう。 「はぁー! 食った食った。さて、帰るか」 右京は、マンションに向かう暗い夜道を歩いて行った。 右京は、当然のように猫のしっぽを踏んでしまい、絡まれ始めた。 「よう! ブルーパー! また会ったな!」 右京に声をかけてきたのは悪の組織ブラックパープー(仮)の怪人、ブラックスライサーだった。 「あ、すみません、人違いでは?  私は、ブルーパー兼パープーといいます。  お名前、よく似ておりますが、別人では?」 右京は丁寧に言った。 「あ、そうでしたか、これは申し訳ありませんでした」 ブラックスライサーは紳士なのだ。 そして容易に相手の言ったことを信じるのはブラックソルジャーと同じだった。 「それでは、失礼いたします」 右京は丁寧に頭を下げ、歩いて行く。 「おのれぁー! ブルーパー!  来週こそはきっと倒してやるぞ!」 ブラックスライサーは、怒りに震えていた。 だが、「来週」という言葉を聞いて、右京はすぐに振り返った。 「あ、そういえば」 右京は思い出したように言った。 「なにか、心当たりでも?」 ブラックスライサーは、少しでも情報が欲しいのだ。 早くブルーパーを見つけて始末しなければ、自分が始末されてしまう。 「あ、すぐそこの喫茶店、ピ・カ・ブーってあるんですけど、  バイトしているみたいでしたよ、ブルーパーさん」 右京は、懇切丁寧に説明した。 そして、「来週」のキーワードはまるで関係なかった。 「あ! そうですか! それは助かりました!  このお礼はいずれまた。  ありがとうございました!」 ブラックスライサーは丁寧に右京に頭を下げ、意気揚々とピ・カ・ブーに向かって歩いて行った。 ―― いいことをしたあとは気持ちがいいな… ―― 右京ことブルーパーは、夜の闇に消えた。 「ここか…」 ブラックスライサーは、軽食喫茶ピ・カ・ブーに着いた。 「おじゃましまーす!  ん! やや? なんと!!  ブラックオブニャン!!  なぜここに!」 ブラックスライサーは大いに驚いた。 彼のボスである、ブラックオブニャンが、この喫茶店で働いているのだ。 「あら、いらっしゃい。  スライサー、仕事、終わったの?」 ブラックオブニャンは、笑顔で問いかけた。 「いえ、まだ…  実はこの喫茶店でブルーパーが働いていると聞きまして…」 ブラックオブニャンを怒らせると怖いのだ。 スライサーは、恐る恐る聞いた。 「ええ、働いているわよ。  さっき帰ったけど」 スライサーは驚いてしまった。 「え! でしたらなぜ、  ブルーパーをやってしまわないのですか?!」 ブラックスライサーの言葉に、ブラックオブニャンは激怒していた。 「あら? それって、あなたのお仕事でしょ?  わたしは知らないわよ!」 ブラックオブニャンは激怒しているのだが、表情も言葉も普通だったが、少し叫んだ。 ブラックスライサーは大いに震えあがっている。 「ブ、ブルーパーはどんなヤツなんでしょうか?」 恐る恐る、ブラックオブニャンに聞いた。 「んー、そうねぇー、  ブルーパー兼パーブーっていう人みたいよ」 「なにぃ?! だとしたら、あいつがブルーパーかっ?!」 スライサーは怒りに震えた。 「そう、見つかったのね。  じゃ、いってらっしゃーい!」 まだ激怒しているブラックオブニャンに見送られて、ブラックスライサーは急いでブルーパー兼パープーを追いかけた。 そして、ようやく右京に追いついた。 「嘘つきめ!  おまえが、ブルーパーじゃないかっ!!  まて、こら!」 ブラックスライサーは、右京の肩に手を置いて引き止めた。 「よくぞ見破ったな、ブラックスライサー!」 右京はブラックスライサーとも知り合いのようだった。 「なぜ嘘をついたんだ!  お前がブルーパーじゃないか!」 スライサーは右京を問い詰めた。 「さっき、改名したんだよ。  ブルーパー兼パープーに」 右京は、―― 当然だ! ―― と言わんばかりに、ブラックスライサーをにらみつけた。 「なにぃー、改名だとぉー!  それでもお前がブルーパーだろうがぁー!」 ブラックスライサーも、右京をにらみつけて叫んだ。 「うん! そうだよ!  それがなにかぁ?」 右京はブラックスライサーをバカにしたようだ。 「おのれぇー… ブルーパァー…  俺を侮辱するつもりかぁー!!」 ブラックスライサーは、怒りに震えている。 「うん! そうだよ!」 ブルーパーはあっさりと子供のように言い放った。 まだまだブラックスライサーをバカにしているようだ。 「もういい! 対決だ! 行くぞ!!」 ブラックスライサーはしびれを切らして、冷静を欠き始めていた。 「待て!  ここで戦闘すると町に被害が及ぶ!  いつものところで、待ってるぞぉぉ――――!」 右京は言うが早いか、いつもの場所に走って向かった。 ブラックスライサーは、右京を追いかけ、すぐさま満身創痍となっていた。 ブラックスライサーは長距離走は苦手だったのだ。 しかし、追いかけねばブラックスライサー自身がブラックオブニャンによって消されてしまう。 ブラックスライサーは死力を振り絞り、いつもの場所へと走っていった。 右京は、いつもの場所に到着していた。 右京の後ろには、断崖絶壁の高い山。 そして右側には、断崖絶壁の高い山。 そして左側には、断崖絶壁の高い山がある。 右京は、山に彫られた彫像の気持ちになっている。 その理由は不明だ。 「おっそいなぁー、スライサー…  何分待たせるんだ?」 右京はイライラしていた。 ―― これはもしかして、    宮本武蔵を迎え撃つ、    佐々木小次郎の心境を味わっているのか?! ―― などと右京は考えていた。 「はぁ、はぁ、はーっ、はー、ひぃー…」 ブラックスライサーは、満身創痍が超特大満身創痍になっていた。 「スライサー、飲めよ」 右京は、『スカッと爽快! トマトジュース!!(キャラメル味)』を、スライサーに手渡した。 そして右京は、佐々木小次郎がどんな人なのか知らなかった。 しかし宮本武蔵は知っているそうだ。 「ひー、ひー、あ、あ、あり、がと…」 ブラックスライサーは、意識が朦朧としているのにもかかわらず、きちんとお礼をいった。 そして、絶対においしくないジュースを一気に飲み干して、さらに満身創痍に拍車がかかっていた。 「うん! 律儀なやつだ!」 右京はブラックスライサーを認めた。 「スライサー、きさま、なぜ、電車で殴りかかってきたのだ?」 なんとブラックスライサーは、通勤電車で右京を襲った強盗だったのだ。 「なに? なんのことだ? 知らんぞ!」 マジ人違いだったようだ。 「いや、オレも知らんぞ」 右京の記憶力は怪しかった。 するとブラックスライサーの顔色が変わった。 「行くぞ! ブルーパー!!  スライサーパーァ――ンチッ!」 スライサーという名前だけに、武器で斬りかかるのかと思いきや、右京に素手で殴りかかっていた。 『ガッチィ――ン! ゴキ、バキ、ゴキンッ!』 右京の顔面に、スライサーのパンチが命中した。 右京、危うし! 「うぎゃぁぁぁぁぁぁ――――っ!!」 ブラックスライサーの手の骨が砕け散った。 「やっと、やっと元通りにくっついたのにぃ――っ!!」 やはり通勤電車の強盗はブラックスライサーだった。 「行くぞ! スライサー!! トゥ!」 『ビュ――――ン!』 右京は空高くジャンプした。 もうすっかり夜も更けているので、満天の星空がきれいだった。 右京は後方の断崖絶壁の頂上まで飛んだ。 『スタッ!』 見事な着地だ! 『ズルッ』 お約束で足を滑らせた。 右京は考えた。 このままだと、命の危険がある。 ―― なんとかしなければ!! ―― 右京は、頭から真っ逆さまに落ちてくる。 右京は両手を絶壁に伸ばすと、うまい具合に両手が届いた。 「今だ!! トゥ!」 右京の身体は、まっすぐに伸びた。 勢い良く、スライサーに向かって飛んでいた。 そして、回転を始めた。 「ブルーパーァー! パーンチッ!」 『ドカッ!』 右京はブラックスライサーにキックしていた。 『ドォォォォォォォーーーーン!』 ブラックスライサーは苦痛を味わうことなく爆発した。 『スタッ』 右京はキレイに着地を決めてガッツポーズをとった。 「どうだスライサー! もう立てまい!」 スライサーは立てないどころか、もうすでに粉々になっていた。 「無口な奴め」 右京は捨て台詞をはいた。 そして今日も右京はブルーパーに変身していなかった。 右京はそんな小さなことは気にしなかった。 「あ! しまったなぁー!   髪の毛が三本、抜けちゃったぞ!」 頭髪のことは気になるようだ。 「さあ! 帰ろう! 楓のもとに!」 楓はただの隣人であるが、右京はやっぱり、楓のことが好きなようだ。 右京は、おもむろにカバンからホウキとちりとりを出し、辺りの掃除を始めた。 『ベキッ、バキッ、ド―――ンッ!』 「ただいまぁー!  楓、帰ったぞー!」 右京は楓の部屋に勝手に入った。 鍵がかかっていたので、ドアを外したのだ。 これだと、ただの押し込み強盗でしかない。 「むむ! 扉が壊されている、どういうことだ?!」 『ドンドン、ギギィィー、ダンッ!』 右京は数秒で扉を完璧に修理した。 「楓、どこだ?」 部屋の明かりは点いている。 「はて? どこにいるのだろう。  あ! そうか! かくれんぼか!」 そんなことは、確実にしていないはずだ。 「楓ぇー、どこにいるんだぁー?」 右京は気づいた。 バスルームに人影が見えるのだ。 「まさか! 強盗か?!」 右京自身が強盗でしかない。 そして、人影はもちろん楓だ。 『カチャ! バーン!』 右京は勢いよくバスルームの扉を開けた。 「楓! 大丈夫か!」 「きゃ! …あ、あなた… おかえりなさい…」 右京は固まった。 いや、言い直そう。 フリーズした。 オートプログラムが異常を検知した。 しかし、リカバリーとリセットを行って、再起動が完了した。 「はっ! ここは、どこだ?」 右京は目覚めた。 「あなた、どうしたの?」 右京は思い出したのだ。 今日引っ越してきたんだと。 「あ、はじめまして。  隣に引っ越してきた、右京和馬です。  どうか、よろしくお願いします」 ここ数日間の記憶が消去されてしまっていた。 「あ! 失礼! 入浴中とは!  今日はこれで、失礼させていただきます!」 右京はあわてて、楓の部屋を出て行った。 楓は思った。 「まさか、まさか…」 楓は泣いた。 右京はもう、楓の夫ではないことに気付いてしまったのだ。 だが元々、楓は妻でもなかった。 「大丈夫! 大丈夫よ!!  また、結婚を申し込めば、なんとかなるわ!」 楓は、明日の朝に作戦を決行することに決めた。 右京は目覚めた。 しかし、手足が重い。 「昨日、なにがあったんだ… なにも思い出せない…」 引っ越してきて一週間経ったのだが、その記憶がまるっきり欠落している。 「仕方ない… 今日は休んで、博士のところに行こう」 おかしくなったと気付いたら、博士のところへ行くように言い付けられているのだ。 「あ、ダメだ、立てない…」 ブルーパーにとって、これは相当に強烈なダメージである。 「あ、1,000キロのウエイト、つけてた」 両手両足に、1,000キロのウエイトをつけ、身動きできないように寝る習慣をつけているのだ。 そうしておかないと、夢を見て暴れだした時に、誰にも止められないのだ。 ゆっくりと左手を伸ばし、右手首に手をかけ、マジックテープを剥がす。 『ビリッビリ、ビリ、ビリッ』 次は右手だ。 『ビリッビリ』 左足。 『ビッ』 右足。 『ビィ―――――――――!』 右京は、寝る前に壊してしまった、100Vコンセントに手の指を突っ込んでいた。 ここで解説しておかなくてはならない。 家庭用100V電源の漏電などにあった際、『ビリビリ』という感覚はウソなのだ。 実際はしびれがずっと続くような、『ビィ―――!』が、正解なのである。 試すのは大変危険だ。 やめなさい! 絶対ダメッ!! 右京は、なにごともなかったように、指を抜いた。 「お! 肩のコリが取れたぞ!」 人造人間も肩が凝るらしい。 右京はスマートフォンを取り上げ、勤務する警察署に電話した。 「あ、右京です、申し訳ない。  今日はお休みさせてください。  体調不良で、オーバーホールしてもらいますので。  本当に申し訳ないです」 電話を切った右京は、「ふう、電話は苦手だ」と眉を下げて言った。 確実におかしい。 右京の様子が変だ。 なにもドジなことをしない。 感電したのは不可抗力だ。 これでは笑えないではないか! 昨日のリセットか、先ほどの感電で、少々おかしくなったのかもしれない。 「一応、博士のところに、念話を入れておこう」 『博士! 今日診てもらいたいのですけど! いいですか?!』 『ああ! いいとも! すぐに来たまえ!』 『はい! それでは今すぐに!』 右京は身支度をして、部屋を出た。 廊下には、楓が待っていた。 「右京さん、おはようございます」 右京はサーチした。 ―― あ、この人は! ―― 『ビッ、ビビッ、パシィ!』 右京は、昨夜の楓の入浴シーンを思い出し、電子回路がショートしてしまった。 右京は立ったまま眠ったようになった。 「あっ! 右京さん! しっかり! どうしたの?!」 この騒ぎを聞きつけ、右京の隣りの住人が廊下に出てきた。 「一業さん、どうされましたか?  あっ! 右京くん、しっかりしたまえ!」   博士は、右京の隣の部屋に住んでいた。 よって先ほどの会話は念話ではなく、壁越しで少し大きな声で話をしていただけだった。 「一業さん、少し手伝っていただけますかな。  彼は相当重いのです」 「はい、わかりましたわ!」 楓はひょいと右京を担ぎ上げた。 右京の体重は300キロほどある。 博士は楓のことは、普通の人間だと思っている。 「博士さん、こちらでよろしいでしょうか?」 楓はなぜ博士と言ったんだろうか? 表札を見ると、博士の部屋の表札には、『博士』と書いてある。 昨日、ブルーパーとすれ違った人が、博士博士だったのだ。 「一業さん、あんた、すごいチカラだね。  何かスポーツでも?」 「はい。  重量上げ無差別級の世界チャンピオンをしてました」 楓はチャンピオンを職業のように言った。 「はぁ、その細い身体で」 「いえ、お恥ずかしいですわ」 楓は照れくさくなって体をねじってモジモジと始めた。 「一業さん、ここはもういいので、どうぞお帰りください。  あとは私に任せてくれませんか?」 博士博士は、できるかぎり丁寧に言った。 楓は、「いえ! 私が何かしたのでは?! わたし心配で…」と、いいながらも、モジモジが異様に速くなった。 昨日、右京に入浴姿を見られたせいだろう。 「気持ちはわかる。  でも、君は女で、彼は男だ。  わかるよね?」 博士は子供に言い聞かせるように楓に言った。 そして楓は、『男』と『女』の違いを考えて、猛烈に照れた。 そして、モジモジの摩擦により、楓に火がついた。 博士は驚いだが、すぐ近くにあったシーツで楓を包み、火を消した。 博士は、冷や汗をかいたが、まだ楓のモジモジは止まらない。 これはマズいと判断した博士が思い切った行動に出た。 楓を担いで外に出した。 ただただ、楓が邪魔なだけなので、実力行使に出ただけだ。 「ふう、一業さんには驚かされたよ…」 やっと右京の診断ができる。 博士は右手の薬指にはめている指輪を右京の頭に近づけた。 そうすると右京の頭が、『パカッ』と開いた。 異様な光景である。 右京の顔が縦半分に割れているようになっている。 その割れた中に、電子頭脳が組み込まれているのだ。 博士は近くにあったケーブルを右京の電子頭脳のソケットに差し込んだ。 博士はモニターを見る。 「ほう、恋が芽生えたか。  恋愛ランクを少し上げよう。  右京君は純粋過ぎたか…」 博士は恋愛ランクを幼児レベルから小学生レベルに引き上げた。 いきなり上げるとパニックを起こすかもしれないからだ。 そして、博士は右京の記憶にある、一業楓の入浴シーンを楽しんだ。 こう言ったおいしい特典があるはずだと思い、楓をこの部屋から追い出したのだ。 「あ、いかん!  こんなことをしている場合ではない」 博士は、楓の入浴シーンをダビングして、電子頭脳からは消去した。 またあとで楽しむのだろう。 ほかには特に異常は見られない。 ドジやおっちょこちょいや大ボケなどは、『警告』となっているのだが、無視した。 そうでないとおもしろくなくなるからだ。 「ふう、これでよし!」 博士は電子頭脳のケーブルを抜き、指輪を近づけた。 右京のチューリップの様だった頭は、ほぼ元に戻った。 これを行うと、顔に少し隙間ができてしまう。 よって博士はその溝をパテで埋めた。 そうするとパテが吸収され、以前の右京に戻った。 「やれやれだ」 頭を閉じると、オートプログラムが走り、自動的に復旧するのだ。 復旧するのだ。 するのだ? するの? 『ビィ――――ン!』 復旧するのだ!! 『オートプログラム正常… データ読み込み完了…』 「よし! 完璧だ!」 博士は、自信満々に言った。 『エラーです! エラーです! エラーです!』 「なぜだ?! そんなはずはないはずだ?!」 博士は、言葉とは裏腹に困惑顔になっている。 『ウソです』 博士は、電子頭脳にバカにされた。 「は! ここは?!」 右京は完全に目覚めた。 「おお! 右京くん! 大丈夫かね?!」 右京は博士の顔を見てから徐に、「入浴シーン、返してください」と言った。 右京は、機能停止に追い込まれようとも、入浴シーンを見たかったようである。 しかしその事実があるだけで、どういうものを盗られたのかはわかっていない。 「アレは君にとって、害のあるものなんだ。  だから、わたしが処分したのだ。  いいね?」 博士は子供に言い聞かせるように言った。 「うん! わかったよ! おじちゃん!」 右京は子供のように答えた。 どうも右京は、人の言葉につられるようだ。 博士博士は、修正する課題をみつけた。 見つけたが、処理はしない。 これも当然で、面白くなくなるからだ。 「もう大丈夫だろう。  今日は仕事は休んだんだろ?  部屋でゆっくりとしていなさい」 博士は、ため息まじりに言った。 「ふぅー… そうしまふぅー…」 右京はため息だけで答えてから部屋から出て行った。 博士は楓の入浴シーンを楽しむことにした。 『ビッ ビビッ パァ――ン!』 外で破裂するような大きな音がした。 博士博士は廊下に飛び出した。 大家の大屋さんが、楓に水をかけたのだ。 楓の体にまた火がついていて燃えていたらしい。 濡れた薄いブラウスがビッタリと身体に張り付いていた楓を見て、右京は再びクラッシュを起こしてしまったのだ。 博士博士は、空を見上げて、こうつぶやいた。 「お宝映像、大量の日だな…」 大空は、今日も快晴だ。 「はっ! ここは?!」 右京は気づいた。 楓の破壊力のあるお色気攻撃に負けてしまった右京であった。 しかし、特に対決というわけではない。 「やっと目覚めたか…  もう大丈夫だ。  お色気対応レベルを上げておいたからな」 なんのレベルなのかは定かではないが、少しくらいのお色気攻撃ならば耐えられるようになったようだ。 「博士博士、ありがとう」 右京は全ての記憶を取り戻している。 「楓に会いに行かねば!!」 右京は完全に復活したようだ。 「博士、ありがとう! 行ってきます!」 右京は、廊下に飛び出したところで、楓に出会った。 「あら、右京さん」 右京の目の前にいたのは、大家の大屋だった。 「楓さん、復縁しましょう!」 右京の声を聞きつけ、楓が急いで廊下に出てきた。 「右京さん! わたしが楓です!」 右京は停止した。 しかし今度はうまくリカバリーが働き、事なきを得た。 「ああ、大家さん、なにか失礼なことを…」 右京は直前の記憶が消えている。 「わたしに、プロポーズ、してくださったのよ…」 大家の大屋は頬をピンク色に染めながら言った。 「へー」 右京はこう言っただけで知らんぷりを決め込んだ。 「大家さん、それは間違いでした。  失礼いたしました」 右京は楓の方に目を向けた。 そして、一歩近づき、楓の手を取った。 「楓さん、結婚して下さい」 楓は舞い上がってしまった。 そして、本心ではないことを口走ってしまったのだ。 「浮気者の右京さんなんて大嫌いです!」 楓は、『しまったぁー』というような顔をした。 「では、結婚破棄で」と、右京は開き直った。 「あ、右京さん、できれば、お付き合いから始めませんか?」 右京の目が光った! 「ハァー!」 右京が楓に素早い突きを放った。 「ヤァー!」 楓も応戦した。 楓は生身の人間なのだが、人一倍タフである。 人造人間ごときの攻撃はかわし、反撃に転ずることが可能なのだ。 「楓! 素晴らしい! 結婚してくれ!」 右京は再び求婚した。 「なにを言っているの?! もう、夫婦じゃない!!」 楓は頬を染めて、右京の眼を見つめた。 右京を唇を尖らせ、「フーフー」と楓に、息を吹きかける。 楓も負けてはいない。 「フーフー」と右京に息を吹きかけた。 どこかの種族の、婚姻の証なのだろうか。 「それじゃ、楓、おやすみ!」 右京はそう言って、自分の部屋に入った。 「あなた、おやすみなさい」 楓は幸せそうに、自分の部屋に戻った。 結婚早々別居するようである。 廊下に取り残された大家の大屋は、「右京ぉぉぉぉぉ――! 復讐してやるぅぅぅぅぅ――!」と、かなり恐ろしい顔で、階段を降りて、自分の部屋に入ろうとした。 そして、「あら? わたし、どうして怒っていたのかしら?」と、大家の大屋は言って、自室に入っていった。 大家の大屋は、猫の生まれ変わりらしいので、どんなことでも忘れやすい。 「楓と和解できたよかった。  あ、腹が減ったな…  飯、まだかな?」 右京は自室を出て、我が物顔で楓の部屋に入った。 「あ、楓、飯、まだかな?」 右京は楓の後ろ姿を見ている。 「あ、あなた、もうすぐできるわよ。  しばらく待ってらして」 楓は、こうなることを予想して、キッチンで食事の準備をしていた。 「楓、上機嫌だな。  なにかいいことでもあったのか?」 右京は勝手に新聞を読みながら言った。 しかも新聞を縦に持っている。 右京は細かいボケも忘れない。 「ええ、素敵なことがあったのよ。  右京さんに、プロポーズされちゃったの」 楓は恥ずかしそうに、ホホを染めた。 「なにぃー! それはどういうことだ!」 右京は怒り心頭になった。 「あ、オレが右京だったな」 今回はなんとか自分でフォローできたようだ。 「はい、あなた、おまたせ。  大好物の、熊の手の煮物よ」 「おお! これはうまそうだな!  うん! いいな!」 楓は、どこから仕入れてれきたのだろうか。 楓は幸せだった。 こんな日が、すっと続けばいいと思った。 右京は、熊の手と格闘をしている。 「貴様ぁー! やったな! 今度はこっちの攻撃だぞ!」 右京は食べる気はないらしい。 楓も右京も、幸せな時を刻んだ。 「チックタック、チックタック」 右京が時を刻んだ。 「…………」 楓はデジタルなので、音はしなかった。 噛み合っているようで、そうでもないふたりがいる。 … … … … … みなさん、こんにちは。 博士の、博士博士博士です。 苗字は『博士』、名前も『博士』、称号も『博士』なのじゃ。 今日は、どのようにして右京和馬、ブルーパーが誕生したのか、ご説明しましょう。 警視庁警視総監の浪川伸晃がまだ巡査の時に、ある組織と遭遇した。 ブラック団と自分たちで言いふらしていた組織があった。 検挙しようにも、しっぽを掴ませないブラック団は、しっぽを隠していたようだ、物理的に。 いったいどんな犯罪に手を染めていたかというと、なんと!! 万引きじゃった。 しかも成功率100%で、誰にも見つからなかった。 しかしなぜか、浪川にはわかったのだ。 これは浪川の勘でしかなかった。 その当時やつらは、生身の人間だったのだが、いつの間にか人造人間として、万引きを繰り返すようになったのだ。 『万引き! ダメ!! 絶対!!!』 こういうせこいヤツらを憎む浪川は、わしに依頼してきたのだ。 「あやつらに一泡吹かせる、人造人間を作ってくれ!」と。 わしには、知識なんてまるでないプータローだったが、一念発起して企業情報を盗み出し、そして、逮捕された。 悔しかったが仕方がない。 『どろぼう! ダメ!! 絶対!!!』 出所してきてから、刑務所で学んだ知識を元に、ブルーパーを簡単に作り上げたのだ。 そう、わしは、臭い飯を食ってきた経験者なのだ。 その臭さは常識を超えている。 ハエが寄ってこないのだ。 しかし味は、美味であった。 「臭いものはうまい!」と言われることもあるが、まさにその通りだ。 今でも自分で考案した臭い飯を食べ続けている。 ブルーパーの能力は完璧だった。 ブラック団を壊滅させる手前まで来ていたのだ。 そしてある日、ブルーパーは敗れる。 ボスでオーナーでもある、ブラックオブニャンの手によって。 ブルーパーは、一本のビスしか残らなかった。 わしはこの苦しみに耐え、新たに右京和馬を作り上げたのだ。 ここでもうすでに、ブルーパーは存在していなかったのだ。 わしは、『ま、いっか!』の精神で、今日に至ったのだ。 よって右京は変身などはできないのである。 右京和馬の存在が、ブルーパーなのだ。 『ブルーパーに変身する』と、右京が思っていることは、わしのつくり話じゃ。 右京の人工知能に、てきとーに組み込んだのだ。 しかし彼は、わしが思う以上に、いい出来であった。 ドジなところは、まさに完璧だ。 これは、わしの趣味じゃ。 そしてある日、わしは見てしまったのだ。 右京とブラック団の幹部の戦いを。 なんと右京はブルーパーに変身したではないか! わしは驚いた。 そういう仕様では作っていなかったのだが… 変身した姿は、なにも変わらなかった。 チカラや能力は人間並みだった。 しかし! ドジなことはしないのだ! まさに完璧な人間になるのだ! そして、そんなプルーパーに、幹部たちは敗れるのだ。 弱っちいヤツらじゃ。 ブルーパーを作る必要なんてなかったのではないのか。 わしは浪川に聞いた。 なぜあんなせこい集団を相手にするのか、と。 浪川は言う。 「だって、面白そうじゃん!」 ただ、それだけの事だったようだ。 浪川は警官としては叩き上げだったのだが、ブルーパーが破壊されるまでに、警視総監になっていた。 これは異例なことだった。 交番の『警察官募集!』の広告を見て、警察官になっただけの男が、警視総監になれたのだ。 わしは悔しかったのだ。 だから、「ブルーパーを使い、浪川を陥れてやる!」と、心に誓い、ブラックオブニャンを作り上げ、ブルーパーを破壊させたのだ。 わしは、この誓を忘れておって、右京を作ってしまっていたのだ。 あー、失敗失敗! しかし、そのようなことはどうでもよくなったのだ。 わしは善と悪を持っておる、『まっどさいえんてぃすと』に、なったのじゃ。 という夢をこの前見たのじゃった… … … … … … 『ピンポーン!』 ―― お? 誰か来たようじゃな… ―― 「ああ、お前か、入ってきていいぞ」 ―― 今日はメンテナンスの日だったな… ―― 「どうだ、最近の調子は」 「ええ、問題ありませんわ」 訪問者はブラックオブニャンだ。 わしのお気に入りの喫茶店、『ピ・カ・ブー』の店長だ。 あれは、わしの店じゃ。 わしの目論見は、正義のヒーロー右京和馬と、悪のボス、ブラックオブニャンの戦いを見たいがために両方造ったのだ。 ただ、それだけのことだ。 ―― フフフ… ―― 「ねえ、博士、怪人って、もう少しマシなもの造れないの?  みんな弱くって話になりませんわ」 上着を脱ぎながら、ブラックオブニャンは言う。 わしは、ビデオカメラの電源を入れ、録画を始めたのじゃ。 「そうか、それならばこれを連れて帰れ。  ブラックソルジャーⅡ、だ」 「まあ! 今度は強いのかしら?」 「早速ブルーパーと戦わせればいいだろう。  それで実力の程がわかる」 博士は肝心なところで、ブラックオブニャンに目隠しをされてしまった。 わしがこやつを作ったのは、人工知能ができた後だった。 いつも強制的に目隠しをされ、手探りで作り上げたのじゃ。 造ったわし本人も、服を着たところしか、まだ見たことはないのじゃ。 「はい、目隠し、外したわよ。  ビデオ、すぐに止めておいたから。  それじゃ、また来月来るわね。  ブラックソルジャー、いくわよ」 「はい、行かれましょう」 ブラックソルジャーⅡは、完璧に創ったつもりじゃったのじゃがな。 どこでどう間違ったのか、言語回路だけが直らんのじゃ。 おもしれければ、なんでもいいんじゃがな… … … … … … しかし博士博士博士の手のひらの上の時代はもう終わっていた。 新たな悪の長が、ブラックオブニャンを支配していたのだ。 右京が遊佐を四宮と言ったことには意味がある。 ブラックパープーは影の長を頂点として、一宮、二宮、三宮、そして四宮の4人の中間管理職を核として成り立っている。 よって博士博士博士の造った怪人たちはおもちゃでしかないのだ。 もちろん、右京もおもちゃのひとりということになるのだが、博士博士博士の気まぐれの設定により、右京は博士博士博士の思惑以上の能力を発揮している。 ドジを踏むことが、右京のパワーになっていると言っても過言ではない。 だが、その程度のことで、右京が強くなるはずはない。 第三者の力によって、右京は強くなっているはずなのだ。 右京が四宮を知っていたことがその証拠だ。 よって誰がどういった理由で右京を弄んでいることが最大の謎となっている。 作者としては今、その件をクリアにしようと、大いに考え込んでいるのだ。 そんな作者の考えとは裏腹に、右京は自室で目覚めた。 そして素早く身支度をして、楓の部屋に行き朝食をいただく。 まさに幸せのひと時だった。 「…む…」と右京は茶碗の中身を見てうなった。 楓は、―― 何か入っていたのかしら… ―― と思い大いに怯えている。 「…結婚とは、一緒に暮らすことではないのだろうか…」と右京がつぶやくと、また楓に火がついた。 しかし右京は冷静に、手のひらの風圧だけで火を消した。 「…ああ、和馬さん… ありがとう…」と楓が言うと、「えっ?」と右京は言って、立ち上がって、窓を開けてから、つかんでいたハエを外に逃がした。 楓はなんとなく察したが、問い詰めることはしない。 「…どちらかの部屋で、一緒に暮らしますかぁー…」と楓は大いに照れて言うと、「楓さんが毎日遅刻しているって聞いたんだ…」と右京は少し悲しそうに言った。 「えっ」と楓は大いに戸惑って時計を見た。 30分後に部屋を出れば、今日は遅刻をすることはない。 いつもいつも職場仲間たちに馬鹿にされていたが、今日はそんな目にあわなくて済む。 「…右京さん… 今後のことはゆっくりと語り合いましょう…」と楓は穏やかに言った。 「そうだね、そうしよう」と右京は穏やかに言って、朝食をすべて平らげた。 もちろん、楓の食事もついでに食べていた。 ―― それほどにおいしかったのね… ―― 楓はこのような小さなことでは怒らない。 逆に幸せを感じて涙を流していた。 「…じゃあ… 行ってくるよ…」と右京が照れ臭そうに言うと、「はい、いってらっしゃい」と楓は言って、柔らかな笑みを浮かべて、小さく手を振った。 右京は外に出て少し考えて、廊下から地面に飛び降りた。 そして、廊下に出て右京を見送っている楓に男らしく手を振った。 楓は幸せの絶頂だった。 だが、今日は右京の言葉通りに遅刻をしないと決め、手早く片付けをしてから身支度を整えて外に出た。 「…ボス、珍しいですね…」と一宮が言って、ボスであるブラックブルーパーを見た。 「…なにがだ…」とブラックプルーパーは言い放ち、『ドカッ!!』と音を立てて、まるでキングの玉座のような椅子に腰かけた。 「…は、はあ… ま、まあ、いいです…」と一宮は言ってブラックブルーパーに頭を下げた。 「今日は四宮にも仕事に出てもらえ。  ヤツは器用だ。  売り上げは昨日の倍になることは確実になる。  わかったな?」 「…は、はい…  …ですが、ヤツの仕事はどうします?」 「昨日造っておいたから、ヤツに行かせる。  …ところで、リュックの行方は分からんのか?」 「…じ、実は…」と一宮は言って、大いに戸惑っている。 「なんだ? 情報があったんだな。  さっさとここに持ってこい」 ブラックブルーパーは言って、机を指先でついた。 「…それがですね…  交番にあるようなんで…」 「…む… そうか…」とブラックブルーパーは言って少し考え、「ここはアウトソーシングに頼るか…」と言った。 一宮はほっと胸をなでおろしてから、「では、行ってまいります」と言ってから立ち上がって、数名の手下とともに外に出た。 「…あのリュックがないと…」とブラックブルーパーは言って、わなわなと震えた。 右京はまだ特別任務中で、ピ・カ・ブーに出勤した。 「…あれ?」 厨房には見知らぬ女性がいた。 右京は店を間違えたのかと思ったが、壁には右京が使っているエプロンがかかっているので間違いない。 「…あの、遊佐さんは…」と右京が気弱そうに聞くと、「右京和馬さん」と女性は笑みを浮かべて言った。 「遊佐さんは今日は急用が入ってね。  代わりに店番を頼まれたの」 「休養… どこかお体でも悪いのでしょうか…」 右京は意味をはき違えていて大いに心配を始めた。 「彼女、ロボだからそれはないわ」と女性が言うと、「よかった…」と右京は言って安心した。 「ロボ」といった部分には気になることは全くなかったようで、ただただ遊佐の体の心配をしていただけだ。 「だけど、彼女が四宮だってどうして知ってたの?」 「ブラックソルジャーに聞いていたのですが…  …あれ?」 一体いつ聞いたのか、右京にはわからなかった。 ある意味、右京にはブラックパープーの情報は筒抜けだったのだ。 女性は笑みを浮かべて、「二郷紅葉です」と自己紹介したので、「ニゴウモミジさん…」と右京は復唱してから頭を下げた。 「一業楓の娘のようなものよ」 右京は大いに混乱した。 紅葉の方が年上に見えるからだ。 「…うふふ…」と紅葉は笑って、「三番さんにアイスコーヒー、お願い」と言って右京にトレイを渡した。 右京は今は仕事に専念することにして、まるでベテランのウエイターのようにしてそつなく仕事をこなした。 さらには考えながらも音を立てないように、店内清掃とテーブルの整理を始めた。 その動きには全く無駄がなく、最高級の人造人間の真骨頂を披露しているようだ。 「…素晴らしいわ、ブルーパー…」と紅葉は言って、ひとつ舌なめずりをした。 その頃、右京が勤務していた交番に強盗が入っていた。 交番が無人になる時間を見計らって、ロッカーなどを物色していた。 そして善意の落とし物の段ボールがなくなっていたのだが、その事実は右京しか知らなかったので、盗まれたものは何もないと、右京の同僚は報告していた。 「…うふふ… これで完璧だわ…」とブラックブルーパーは言って、戻ってきたリュックを抱きしめて大いに高揚感を上げていた。 「これをもって、ピクニックに…」 ブラックブルーパーは明日の休日に彼をデートに誘うことにした。 そして、よからぬ感情に気付いて、パソコンを開いて行動制限を加えた。 「…こいつ… 今日にでも解体だ…」とブラックブルーパーはうなった。 どう考えても紅葉の感情が変わったと、右京は考え込んだ。 紅葉は右京と全く話そうとはせず、全ての仕事をひとりでこなし始めたのだ。 よって右京は洗い物を重点的に引き受けて、あっという間に夕方になっていた。 今日は帰宅すると言おうと思ったのだが、紅葉は客用の洗面所に入って行った。 右京は何も言わずに帰るのも気が引けたので、メモ用紙に、『既定の時間ですので帰宅します』と書いて、厨房に入ってすぐに置いてあるワゴンの上にメモ用紙を置いた。 「こんちはぁー!」と言って、裏口から高校生らしき男子が入ってきた。 「あ、ブルーパー」と男子は言って右京を見た。 「まさか、君もバイト?」と右京が聞くと、「うん、そうす! 江藤慎太っていいます!」と慎太は高校生らしく元気よく言った。 「だけどブルーパーは警察官じゃないの?」 慎太の素朴な質問に、「…いろいろあってね… じゃ、あがるから」と右京は気さくに言った。 「おつかれっす!  …あれ?」 慎太は見知らぬ女性が厨房に入ってきたので目を見開いていた。 右京は一旦外に出ていたが、慎太の心境の変化に気付き、また厨房に入ってきた。 「店長の代わりの方だよ」と右京が説明すると、紅葉は慌てて店内に戻って行った。 「お名前は二郷紅葉さん」 「ブルーパーが好きなんっすかねぇー…」と慎太は言って、冷かすような目を右京に向けた。 「それがよくわからないんだよ…  初めは気さくに話していて、  気付いたら無視され続けて、  会話をしたのは初めの10分間だけだった。  俺は洗い物を重点的に担当してたんだ」 「…それだけじゃないっしょ…」と慎太は言って、まるで今日開店したばかりのような、新品に見える厨房内を見まわした。 「何もしないのも気が引けてね。  じゃ、また」 右京は言って外に出た。 軽食喫茶ピ・カ・ブーと右京の住むマンションの通勤経路の途中に、右京が勤務している交番がある。 担当の警官がいたので、右京は交番に入ってすぐに、交番アラシが現れたことを知った。 「私物とか入れてなった?」と同僚が聞くと、「いえ、それはありません」と右京は答えたが、善意の拾得物の箱がないことを知った。 右京はすぐにそのリストを書き出した。 「…はは、その頭脳、俺にも分けてくれ…」と同僚は眉を下げて言った。 そして、「ブランド品は皆無… 金目のものもなく、物色して捨てたカバン類か…」と同僚が言うと、「置き引き犯の検挙にもつながると思って」と右京は答えた。 「布製が多いけど、指紋の採取程度はできるかもしれんからなぁー…  …俺が担当の時に来たことはないんだが…」 「はい、いつも同じ女の子なので」と右京が言うと、「その子が置き引き犯か…」と同僚は眉を下げて言った。 「ええ、そうだと思います。  もうすでに、生活安全課に話してありますので。  できれば改心してもらいたいのですが、  問題があるのは家族の方でしょうね」 右京の話に、同僚は何度もうなづいた。 ちなみに、右京の同僚は同僚という苗字だ。 右京は同僚に挨拶をして交番を出た。 商店街を歩いていると、いつもは気にならないのだが、―― 楓に何か土産でも… ―― と右京は思って、洒落た雑貨店に入った。 買い取りもやっていて、それなりに知識のある店主がいる店だ。 「あら、ブルーパー、いらっしゃい!」 右京の周りでは、右京の名前はブルーパーで統一されているようだ。 「女性へのブレゼントなのですが…」と右京が言うと、「じゃあ、こっちこっち」と女性のオーナーは気さくに言って、右京を手招きした。 店の奥に行くほど値の張るものが多い。 もちろんブランド店でも貴金属店でもないのだが、この店では高級品に当たる品ばかりが陳列されている。 使用する年代別に分けられているようで、右京は若い大人の女性が好みそうなエリアに立って、「これ、盗品です」と右京はいきなり言った。 「…はあ… これって没収?」とオーナーは大いに眉を下げて言った。 「シリアル番号が入っているわけでもありませんから、  証拠不十分です。  売りに来たのは、年齢30才程度のご夫婦でしょうか?」 「…はい、大正解…」とオーナーは眉を下げて言った。 「買い戻しますので、値引きしてください」 右京の言葉に、オーナーは大いに笑って、値札の半値にして右京に売った。 さらに数点の小物も選んで、ほとんどタダ同然で買った。 そろそろ品替えをしたかったということなので、協力したようなものだった。 リサイクル店としては、元をとれば商売を続けることができるので、まさに右京は上客だった。 しかし、それが目当てで訪れた客は大枚はていてでも買っていくものなのだ。 雑貨店の正面には、この界隈では評判のコロッケ屋があり、そこに楓がいた。 「夕食はコロッケか…」と右京は笑みを浮かべて言ったが、全て楓のおやつだった。 楓はコロッケだけでなく、ウズラの卵の串フライや海鮮揚げなど、7種類も買っている。 楓が支払いを済ませると、右京を見つけてバツが悪そうな顔をして、レジ袋を後ろ手に隠した。 「たまにはこの店のフライも食べたいね」 右京の言葉に、「…はい、あなたぁー…」と楓は言って大いにうなだれた。 もちろん、全てを楓がひとりで食べる予定だったからだ。 「そこの店で、楓にプレゼントを買ったんだよ」 右京の言葉に、―― 全部食べてもらっちゃう! ―― と楓は心に決めた。 女性とはかなり現金なものだ。 右京と楓は商店街を肩を並べて歩いて、「…ブルーパー夫婦だ…」という冷やかしの声を心地よく聞きながら家路を急いだ。 「何か買ったの?」と右京は言って、高級ブティックの豪かな紙袋を見た。 「…あ、中は別なの…」と楓は恥ずかしそうに言って、袋の中身を見せた。 そこにはリュックサックが入っていて、右京は目を見開いた。 置き引き犯と思われる女の子が、交番に届けてきたリュックサックだと確信した。 「社の近くのリサイクルショップで見つけたの。  同じリュックを持っていたんだけど、盗まれちゃって…」 ―― 楓さんとは無関係か… ―― と右京は一旦は納得した。 「盗難届も出していたよね?」 「…え、ええ… 気に入っているものもあったから…」と楓は悲しそうに言った。 「その悲しそうな顔を笑顔に変えよう」 右京の男らしい言葉に、楓は信じて笑みを浮かべてからホホを赤らめた。 右京と楓は、今夜は楓の部屋で過ごすことにした。 楓は胸の鼓動が止まらず、ずっと赤面している。 食事の用意は米を炊くことと、キャベツを刻むこと。 さらに楓はみそ汁を作っていた。 「俺、得意だから」と右京は言って、キャベツの4分の1を素早く千切りにして水にさらした。 「あー… お見事だわぁー…」と楓は言って満面の笑みを浮かべた。 「今日もお客に何度もキャベツのお代わりを請求されて、  店としてはかなり儲かったよ。  キャベツは高いから、追加料金を取るからね」 「…そうよね… 軽食喫茶も大変よね…」という楓の言葉が右京には腑に落ちかなった。 右京は軽食喫茶で働いているが、その話は今初めて楓に話したのだ。 だがこの件は保留として、コメが炊き上がるまでの間で、楓にプレゼントを渡した。 楓は大いに喜んで、包み紙を解いた途端に、眼を見開いた。 そして、その品物と右京の顔を何度も見た。 「気に入ってくれるって思ってた」と右京が言うと、楓は涙を流して、「…ありがとう… 和馬さん…」と涙を流して礼を言って、恐竜をモチーフにした小物入れを抱きしめた。 一見、少し小さなクラッチバッグに見えるのだが、よく観察すると恐竜であることがよくわかってくる。 まさに素晴らしい細工の高級品だと右京は感じていた。 「…同じものを、父からもらっていたの…」と楓は涙を流して言った。 「…そうだったんだ… それは良かった…」と右京が言ったところで米が炊き上がった。 「…ご飯にしましょう!」と楓は機嫌よく言って、炊飯器を持ってきた。 「…さあ… ここからは敵よ、ブルーパー…」と楓は言って箸を持った。 「…おう… 望むところだ、ブラックパープー…」と右京は怪人との戦いの乗りでうなった。 だがふたりの敵は山盛りの揚げ物と山盛りキャベツだった。 ふたりの箸は全く見えない。 素晴らしい差し出争いだ。 「いや、やめよう」と右京が言うと、「…そうね… 味がわからないわ…」と楓は言うと、ふたりは大いに笑って、朗らかに食事を再開した。 食事が終わって、「明日、何か予定ある?」と楓が聞くと、「いや、何も」と右京が答えると、楓は大いに喜んで、一枚のパンフレットを右京に見せた。 「登山か… いいな…」と右京は言ったが、目の前には採掘場が浮かんでいた。 だが今回はごく一般的な登山なので、浮かんできたものを打ち消した。 「お弁当、作るから」 「ああいいね。  下ごしらえをしておこうか」 ここからはふたりして、弁当用の下ごしらえを始めた。 「そうだリュックだ…  持ってないから造ろう」 右京が言うと、楓は目を見開いた。 そして布地などはあるものでよかったようで、右京に渡すと、飛んでもないスピードで背負子付きの大きなリュックが完成していた。 「楓も運べるぞ」と右京が言うと、楓は大いに喜んだ。 右京は部屋に戻って、災害用の非常品セットを持ってきた。 「消費期限が切れそうなものが多いから。  山で食べると、多少はおいしくいただけるだろう」 「うちは、買い替えたばかりのものがあるから、  次に行く時はうちが買い替えるわ」 「…いや… ひとつでいいと思う…」 右京の言葉に、楓はホホを赤らめた。 そして右京を見上げて瞳を閉じた。 右京は優しく楓を抱き寄せて、キスをする体制に入った。 ふたりの鼓動は相手に聞こえるのではないかと思うほどに高鳴っていた。 『ビーンボーン!!』とチャイムが鳴ったとたん、ふたりはお互いの体を放した。 ある意味、ほっとしている二人がいた。 楓はすぐに立ち上がって、玄関に行って扉を開けて、回覧板を持ってきたお隣さんをにらみつけていた。 お隣さんにとっては楓は元々怖い存在だったので、それほど気にせずに部屋に戻って行った。 「二宮さん?」とブルーパーが聞くと、「うん、回覧板」と言ってテーブルの上に置いた。 楓の部屋のお隣さんの部屋の表札は、『十河』となっている。 よって、楓のボディーガードで幹部の二宮だった。 「…掲示板でいいって思うんだけど…」と楓は言って右京とふたりして回覧板を見てから署名した。 右京は回覧板をもって、博士の部屋に行って、回覧板をポストに落として楓の部屋に戻った。 戻ってきた右京を見て、楓はほっと胸をなでおろしていた。 まだまだ幸せな時間は続くのだ。 ふたりは食後のコーヒーととりとめのない会話などを楽しんで、今日はもう就寝することにした。 楓はベッドで、右京は床に布団を敷いた。 楓はドキドキの絶頂にいたのだが、右京はもう眠っていた。 タヌキ寝入りかと思っていたが、手足を拘束しているとてつもなく重いウエイトに囲まれていた。 楓は少し残念に思いながらも、右京の顔を見ながら就寝した。 ―― …いきなり、最後まではないわ… ―― と楓は大いにホホを赤らめて考えていた。 あっという間に朝がやってきた。 ふたりは早朝に起床して競うようにして弁当を造り上げ、まだ暗いうちに部屋を出た。 「さわやかな朝を、楓と迎えたい」と右京は言って、楓を抱き上げてから、とんでもないスピードで走って、目的の山の頂上についた。 35キロの距離を、10分フラットという好タイムだった。 「あ、申し訳ない…」と右京は楓を地面に降ろしながら言うと、「えっ? どうして?」と楓は聞いた。 「楓は登山ではなくなってしまった」と右京が言うと、楓は大いに笑った。 ふたりしてコーヒーを飲みながら、明けてくる朝を堪能して、早速弁当タイムにすることになった。 昼になると腹は減るだろうが、非常食もあり売店もあるので何も問題ない。 食事と片付けが終わっても、さすがにこの時間に頂上に来る者はいない。 楓はリュックを抱きしめてから、右京を抱きしめた。 そして右京を見上げて瞳を閉じた。 すると、「…ドロボー!…」という男性の声がかなり遠くから聞こえた。 右京は楓に素早くキスをして、楓を抱え上げてから、声のした方向に走った。 まさに道なき道を走るので、楓にとっては遊園地の絶叫系アトラクションを堪能している気分になっている。 「待てっ!」と右京が叫ぶと、「…ブルーパー… どうして、ここに…」と交番にリュックを届けに来た女の子が目を見開いて言った。 「その大人用のリュックは君のかい?」 右京が聞くと、女の子は無言で首を横に振った。 するとリュックの持ち主の男性が息を切らせてやって来た。 「…あ… 君… 君が拾ってくれたんだね?」とリュックの持ち主は大いに勘違いしていた。 そして犯人の姿は見ていなかったと、右京は確信した。 「これがあなたのものだと証明してください」と右京は冷静に言って、警察手帳を見せた。 「…妻も来ているから、証明してもらう…」と男性は言って、無事にリュックサックが戻って来て、少女と右京たちに大いに礼を知った。 「ひとりで来たの?」と右京は少女にインタビューを始めた。 少女はこくんと首を折った。 「今日だけは、楽しい日にしないかい?」 右京のやさしい言葉に、少女はワンワンと泣きだし始めた。 楓も大いに感情移入して少女のように泣いたが、右京にキスされたことも思い出して泣き声が三倍増した。 「…子供ができてしまった…」 右京と楓は少女の手を取って、まるで仲のいい家族のようにして山を散策していた。 そろそろ昼に近づいてきて、いい匂いが辺りに立ち込めてきた。 「キャンプ場の方はバーベキューもできるんだな」と右京が言うと、妻と娘に手を引っ張られて、その会場にやってきた。 材料は持ち込んでもいいのだが販売もしている。 かなりお高くなるのだが、右京はたんまりと材料を買い込んだ。 無趣味なので、こういった時に使うカネはたんまりとある。 まさに頼りになるお父さんに、娘も妻も惚れこんでいた。 「…あれ… 全部食うんだぁー…」と右京たちはかなり注目されていた。 「…やっぱ、ブルーパーはすげえな…」と会ったこともない少年にまで名前と顔を知られていた。 「さあ! ここはお母さんの出番だ!」と右京が陽気に言うと、楓は大いに恥ずかしがって火を噴いて、一発で炭に点火を終えた。 「さあ! 焼こう焼こう!」と右京は陽気に言って、にわか家族は大いにバーベキューを堪能した。 右京たちはバーベキューのエキスパートとして、誰もが大いに尊敬していた。 それは、十人前以上の食材をすべてきれいに食べ切ったことが一番の要因だったようだ。 さらにはまだ焼きそばまで焼いていて、香ばしい香りが辺りに立ち込める。 「満腹のはずなのに…」と楓は言いながらも、今食べ始めたかのようにもりもりと食べた。 「すっごくおいしい!」と少女は満面の笑みを浮かべて言った。 「楓も桜もあまり食べ過ぎると太るぞ」と右京が冗談で言うと、女性二人はむせて大いにせき込んだ。 そして声をそろえて、「もー…」と苦情として言うと、右京は愉快そうに大声で笑った。 まさに右京は理想の父親像として、特に男子から熱い視線を浴びている。 そして父親たちは威厳回復として、右京の口真似から初めることにしたようだ。 すると右京と顔見知りの少年少女がやって来て、「ブルーパーって子供がいたの?」と素朴な質問をすると、「預かってる子だ」と右京は躊躇なく言った。 「結婚もしてないよね?」 「もちろんこれからするさ」と右京が胸を張って言うと、楓は超高速でモジモジを始めて、火山が噴火したように火を噴いたが、右京がすぐさま水をぶっかけて消火した。 しかし桜は悲しそうな笑みを浮かべている。 「どうなるのかはまだわからんが、  桜は俺たちの子として育ててもいいんだ」 右京が堂々と言うと桜は、「ほんとに?!」と叫んで号泣した。 ほんの一刻でも、素晴らしい夢を見たと桜は思っていたが、右京の本気の言葉がうれしかったのだ。 桜は9才だが、それほど簡単に右京と楓と暮らせるはずはないと思っていた。 だが右京は、「どうなるのかはわからない」ときちんと言っていた。 よって右京なりに努力して、桜を迎え入れてくれるはずという希望を持ったのだ。 今の桜としてはそれだけで十分だった。 そしてまだ時間はある。 桜は右京と楓の娘として、大いに陽気に山を堪能した。 「縁は切れないわ」という自信満々の楓の言葉も桜は信じた。 夕方になり、右京たちは山を降りて、帰りは電車を使って街まで戻った。 少しでも長い時間、親子三人で過ごしたかったからだ。 もちろん桜を家まで送っていくと、顔見知りの警官が数名いて、すぐさま右京に近づいてきて、桜も含めて事情聴取を始めた。 話しはかなり進んでいて、桜の両親を逮捕したというのだ。 もちろん、窃盗と児童虐待の罪で、裁判になれば実刑は確実で、執行猶予はつかないだろうという話しだ。 そして両親ともが桜の親権を放棄した。 「ということで、桜は家なき子だ」と右京がにやりと笑って言うと、「私が拾っちゃう!」と楓は陽気に言って桜を抱きしめた。 「拾われちゃった!」と桜は陽気に言って、母子ともどもワンワンと大声で泣き出し始めた。 「ねえねえ、もう、キスしたの?」と桜が聞くと、右京も楓も大いに照れている。 「今日のキスは非公式で予行練習だから、  本番はまた別の日に」 右京の言葉に、楓は一瞬にして火を噴いた。 「そろそろ手加減してくれ…」と右京は眉を下げて言ってから、手のひらで軽くはたいて火を消した。 「…気をつけますぅー…」と楓は眉を下げて答えた。 桜は心細そうな笑みを浮かべてから、今までにあった全ての事実を述べた。 右京も楓も大いにうなづいている。 「桜の更生はもう終えているが、  きちんと確認する必要がある。  それはお父さんとお母さんの仕事だ」 右京の堂々とした言葉に、「お父さん、ありがと」と桜は笑みを浮かべて礼を言った。 「初めっから縁があったの」と楓は言って小さなリュックサックを手に取った。 「桜ちゃんがこのリュックに触れたからこそ今があるの。  このリュックはね、幸運のリュックなのよ」 楓の言葉に、右京も桜も大いに興味を持った。 「だから私の手にまた戻って来てくれた」と楓は言ってリュックサックを抱きしめると、右京は大いにうなづいている。 「…幸運って…」と桜が聞くと、楓は笑みを浮かべた。 「税込みで、7777円だったの!」と楓は高揚感を上げて言った。 「…ふむ…」と右京は言って少し考えて、「確かにそうなのかもしれないね」とやさしい声で言った。 桜は大いに微妙な笑みを浮かべている。 「俺にとって幸運の金額とすれば、1234円とか、  数字が上がっていく方が幸運があるように思うんだ。  そろった数字も確かに運があると言えるが、  一番普通なんじゃないのかな?  上がることもなく下がることもない。  何も変化がないことは普通だが、  それが波風を立てない幸せにつながるような気もするね」 「…そう言われるとそうかも…」と楓はすぐさま賛同した。 「私はお父さんもお母さんも信じちゃう!」 桜が陽気に叫ぶと、右京と楓は桜をやさしく抱きしめた。 右京は店が閉まる前にと、チェーン店の大型スーパーに走って行って、キングサイズのベッドを購入して戻ってきた。 扉などには余裕があることはわかっていたので、すんなりと部屋に運び込んだ。 「…力持ちぃー…」と桜は言って満面の笑みを浮かべた。 もちろん楓と桜もついてきていて、右京の運んだベッドに寝転んで帰ってきたのだ。 力持ちだけでも父は大いに尊敬されると右京の電子頭脳は語っていた。 「ブルーパーに変身しなくてもすごいんだぁー…」と桜が言うと、「見たことあるの?」と楓が聞くと、「…猫にフーッって威嚇されてる時に…」と桜は大いに苦笑いを浮かべて言った。 「変身なんて無駄な能力だけど」 右京は言ってブルーパーに変身した。 「…カッコいい…」と楓はぼう然として言って、羨望の眼差してブルーパーを見た。 「おや? 変わったな…  何も変わったことはされてなかったはずなんだが…」 まさにその通りで、博士は何もしていない。 そして別の組織も何もしてない。 よって右京自身の成長によって変化したと言っていいはずだ。 だがそれは並大抵のことではない。 しかも、成長の機能など組み込まれてはいないのだ。 「かっこ悪いよりは百倍いいさ」と右京は言って変身を解くと、桜と楓が同時に抱きついた。 「今のお父さんが好き」と桜が言うと、「ああ、ありがとう」と右京は答えて誇らしげに胸を張った。 楓は何も言わなかった。 よって、様々なことを考え直す必要ができてしまったのだ。 ブルーパーのドジな面がすべて消えている。 それに伴って成長したのかもしれないなどと考えている。 だがこれは純粋に、博士が恋愛レベルを上げたせいだ。 それに伴って、それ以外の部分も大人になってしまったのだ。 右京はドジなのではなく、ただただ落ち着きのない子供だっただけなのだ。 大人がその行動を見せれば、ドジだとひと言で片づけるが、経験の薄い子供にとってはそれは普通のことで経験だ。 さらに、なまじ力があり頑丈なので、それが欠点などと感じていた。 それがほぼ解消された右京は、無敵のお父さんとなっていたのだ。 翌日、可愛い娘と素敵な妻に見送られて、右京はピ・カ・ブーに出勤した。 「おはよう、無敵のお父さん」と遊佐が言ったとたんに右京の顔色が変わった。 「俺は誰にも言っていない。  言っていないことをどうして知っているのでしょうか?」 四宮としては愉快な気持ちでからかっただけだが、右京は本当に何もかも変わってしまったと感じて、右京の問いかけに答えることはなかった。 この件に関してはブラックブルーパーからも言われていたことだったのだ。 ―― 粛清される! ―― と四宮は考えて、黙々と本来の仕事に励み始めた。 もちろん右京は大いに疑った。 ―― 本気で戦う必要はあるが… ―― と右京は躊躇する気持ちを醸し出した。 「明日からは刑事として街を見回るように言われています。  ここでのお仕事は今日で最後です」 「…そう… 寂しくなるわ…」 四宮は大いに強がって言った。 今のブルーパーには誰にも勝てないと感じている。 ふたりは黙々と働き、昼が過ぎて暇な時間になったので、右京は休憩時間の20分間を使って町に出て、ブラックパープーの手の者数人を検挙して店に戻った。 その中にはブラックソルジャーⅡもいた。 右京の指示で特別房に入れていたことが功を奏して、ブラックソルジャーⅡは戦うことなく自爆した。 右京はまた別のことを考えている。 それは右京の変身についてだ。 どう考えても機械的なことではないと感じている。 それはわずかに残っている右京自身の脳細胞が語っているように思えたのだ。 ―― 楓や桜の件とは別なのか…    いや、その件があってこそ、    とんでもない変化があったのか… ―― 右京は家族以外には心を開かないことに決めた。 そして疑いたくはないが、楓の身辺調査も行うことに決めた。 仕事が終わった帰り際、「遊佐さんとの戦いは避けたいですね、四宮」と堂々と言って頭を下げて、ピ・カ・ブーをあとにした。 大いなる威厳がある右京に恐怖した遊佐は、すぐさまブラックブルーパーに連絡をした。 『海外に飛べ』というブラックブルーパーの命令に、遊佐はすぐに従って店を閉めてから、用意されていた逃避行セットを自宅で受け取って、その姿を消した。 そのブラックプルーパーもすべての後始末をしてこの国から姿を消した。 右京が楓の部屋に戻ると、満面の笑みの桜と、大いに落ち込んでいる楓に出迎えられた。 「どうしたんだ楓」と右京が聞くと、「会社がなくなったの…」と大いにうなだれて言った。 「退職金は出たし、失業保険も今月から出るから、  おカネの方は問題はないんだけどね…」 「急な話だな…」 「ブルーパーが正常化したことで恐れをなしたんだって。  社長のブラックブルーパーがよろしく言っておいてくれって…」 楓が大いに眉を下げて言うと、「…楓はどんな仕事をしてたんだ?」と右京は聞いた。 もちろん、二郷紅葉の言葉が蘇ってきたのだ。 「社長の話し相手と事務仕事よ…  会社としてはとても潤っていたって思うんだけど…  会計士の仕事も、それほど求人は出てないからなぁー…」 「二郷紅葉っていう人知ってる?」 「つい数日前に入社した人よ。  彼女、人が変わったように無口になってたわ…  あ、それから博士さんもいなくなったけど、いいの?」 「ブラックパープー全てが夜逃げしたってところだな…」 「…ブラックパープー…」と楓は復唱して、ようやく働いていた会社が悪の組織だったことに気付いた。 「今日、数名を検挙した。  ほとんど下っ端だったが、ひとりは牢獄で爆発した。  ブラックソルジャーⅡと名乗っていた」 「…社長も出来損ないって言ってたわ…」と楓は悲しそうな顔をしてうなだれた。 「…営業だけしかない会社なのに、毎日売り上げがすごいから、  具体的に何をやっていたのかようやく理解できたわ…」 楓もさすがに罪悪感が沸いたようだ。 「基本的には窃盗。  店舗からものを盗む万引きをやって転売していた。  だが、給料はそれほどもらっていないと小耳にはさんだ」 「…当然よ…  売り上げの半分は慈善団体に直接寄付に行ってたから…  何度も同行したわ…」 右京は何度もうなづいた。 まさかそこに本当の狙いがあるとは思ってもいなかったのだ。 「…世間に対する復讐か…  そして差別を受けていたと思った施設などに寄付をする…  悪いことには違いないが、大いに考えさせられるね…  大昔の義賊のようなことをしていたわけだ。  金持ちから金品を奪って、貧しいものに配ってまわる。  この件は、政府が大いに考えるべきだ」 話を聞いていた桜は大いに元気がなくなってうなだれていた。 「この先、悪いことだとわかったら、意地でも手を出してはいけない。  いいね?」 右京のやさしい言葉に、「はい、お父さん」と桜は涙を流して言って、右京を抱きしめた。 「そして、桜がもらったお小遣いを寄付してもいけない。  それはお父さんとお母さんがするから」 「はい、お父さん」と桜は笑みを浮かべて答えた。 「…副業で、何かできないものか…」と右京は考え込んで言った。 「悪と戦えブルーパーショー…」と楓が言うと、右京は大いに笑った。 「需要があればそれもいいな。  デパートや自治体などに話しをしてみるか…  その前に、警察からのイベントとして試してみるか…」 「観に行くの!」と桜が陽気に言うと、「ああ、観て欲しいね」と右京は答えて、桜の頭をなでた。 「…悪がこの国から逃げてしまったけどな…  お話の世界のヒーローもいいだろう…」 この日から、右京と楓は変身ものやヒーローものの知識を入れて、数本の物語を創り上げた。 「…ドジだけどヒーロー…」と右京は大いに少し前を懐かしく思い出してつぶやいた。 「…この方が演技は難しいわ…  だから演技をする時は子供に戻れば簡単だと思うの」 「…あ、なるほどね…  その時だけ、そうした方がよさそうだ」 右京は試そうと思ったが、直すとは言っても壊してしまうので、桜の手前やらないことに決めた。 一難去ってはまた一難というべきなのか、ブラックパープーと入れ替わるように、目立たない場所で怪事件が起こり始めた。 初めは些細なことだし、誰も気づかなかったのだが、南の特定の地域でまとまった犯罪が起こった時に、この国は大いに揺れた。 さすがに犠牲者が出ると、警察は情報網を総動員して調べ上げて、人ならざる者の仕業と判断した。 この時、右京は刑事として優秀な成績を収めていた。 そして時間のある時にだけ、『悪と戦えプルーパーヒーロー』の有料ヒーローショーをして、全額寄付の慈善事業に参加していた。 するとその犯罪一味は一気に北上した。 まさに、田舎ばかりを狙っているように感じる。 やっている犯罪は、野菜泥棒だった。 だが最近の野菜は目が飛び出るほど高い。 特に高級品種となると、貴金属店に置くべきのような金額で競り落とされる。 これを盗まれては農家にとっては大打撃なのだ。 よって自然にスーパーで売られるものも値が張るようになってしまう。 だが右京の提案で、広大な国営の農場を創り上げていたので、そこから一気に作物を放出して事なきを得ていた。 さらに秋になると、うまい果実などが安価で売られることになる。 右京は特別任務として、大勢の警察官と軍人たちとともに、その国営農場に派遣された。 責任者はもちろんブルーパーだ。 そしてなんでも屋の仕事を始めた楓も同行するので、桜は一時的に国営農地の近くの学校に転校させる。 桜は、『家族はいつも一緒にいる』という父の言葉を実践してくれたことがうれしかった。 桜はこの国営農場に何度も足を運んでいるので、もうすでに友達もいた。 この地のほとんどの住人が農夫なので、当然のように子供たちも農場の手伝いをしてお小遣いをもらうのだ。 全ては母親の楓の手のひらの上だった。 ここで大きな問題が発生した。 博士がいなくなり、さらには楓と同居することになって右京は部屋を解約した。 今回の異動は一時的なことなので、楓の部屋は解約はしないが、大家の大屋が大いに怒っているのだ。 右京たちが住むマンションの部屋数は百ほどあって、二三軒引っ越したところで大した打撃はないはずなのだが、「またですかっ?!」といつもは穏やかな大家の大屋が大いに怒っている。 「いえ、少々長く部屋を開けることになるのでそのお断りをと…」 右京は大いに腰を引かせて大いに苦笑いを浮かべて言った。 「とか言って、最終的には引っ越すのよね?」 「…はあ… 近い未来にはそうなると思うのですが…」 右京はもちろんだが、楓も桜も大いに苦笑いだ。 「私もついて行きます!」と大家の大屋が堂々と宣言した。 「…ですがご家族がおられるのでは…」 「…うふふ… 私の代わりの大家など腐るほどおりますし、  同居人はおりませんわ」 右京は今になって気づいたのだが、この大家がどのような生活をしているのかは全く知らなかった。 ただ、オーナーでもあることは知っていたので、相当の資産家であることは理解していた。 「私を家政婦として雇いなさい!」と今度は右京に雇うように言ってきた。 桜との時間は十分にあるのだが、もし事件が長期化すれば、右京も楓も大いに忙しくなり、桜に寂しい思いをさせるかもしれない。 そして桜も大屋のことは気に入っているようで、いつも朗らかにあいさつをする。 「桜ちゃんはどう思う?」と大屋はころりと感情を変えて言うと、「お母さんのお姉さん?」と小首をかしげて聞いた。 同居人はいないと言いながらも、桜は大屋のことを楓の姉と言った。 右京にはどういうことなのか全くわからないが、「右京さん… 黙っていたことがあるの…」と楓が申し訳なさそうに言うと、大屋はすぐに楓を見て、叱るような目をしていたが、すぐに軟化させた。 「…いや… まさか… 本当に姉妹なの?」と右京が恐る恐る聞くと、「どちらも父方の姓なの」と楓が言った。 となると、タネ違いの姉妹だと右京は察した。 「…本当なら、楓ちゃんに半分渡したいところなのに、断られたのよ…」 大屋は怒りを収めて少しうなだれながら言った。 「…お姉ちゃんのように、恋もできない家の財産なんていらないもん…」と楓は堂々と、少し控え目な声で言った。 「私の右京さんだったのにぃ―――っ!!!」と大屋は大いに悔しがったが、さすがに妹から亭主を奪うわけにはいかなかったようだ。 「お姉ちゃんは才女でもあるわ…  私なんかよりも、なんでもよく知ってるの…」 「その代わり楓ちゃんは、お金の管理には明るいじゃない…  だから今までの分、正式に支払うわ」 楓は大屋家の資産管理もしていたのだ。 そして会計費用などは一切取らないという契約もしていた。 この間に弁護士が入って、それぞれが厳しく資産の管理をしていたので、金銭面でのトラブルは全くない。 もちろん費用をとらないことで、大屋家に引き入れられることを強く拒んだのだ。 「似たところが全くないのでわからなかった…」と右京は言って大いに苦笑いを浮かべた。 「似てるとこ、あるよ!」と桜は陽気に言って、右京に満面の笑みを浮かべた。 「あら? どこかしら?」と大屋と楓が同時に聞くと、「ほらぁー」と桜は陽気に言って、ふたりの顔を見入ってから陽気に笑った。 「きれいにハモったな…  双子ではないけど、息のあった姉妹のようだ…」 ふたりは初めて気づいたようで、お互いを見て苦笑いを浮かべた。 最終的には四人で国営農場の近くに居を構えることになった。 「…城?」と右京はまさに天守閣のある城を見上げた。 「水戸右京城と名付けたわ…」 国営農地は茨城県にあるので水戸はわかるが、そのあとの右京は確実に、右京和馬の右京だ。 右京は大いに苦笑いを浮かべていた。 「…ここに永住することになるのかなぁー…」と右京が言うと、「本宅でも別荘でもいいわよ」と大屋秋桜は胸を張って言った。 さらには執事もメイドもいて、桜は走って行って早速挨拶を始めた。 すると右京たちの背後に、大勢の農民たちが集まってきた。 「みんな! 来て来て!」と桜は陽気に叫んで手招きをすると、大勢いる子供たちは一斉に親たちを見た。 その親たちは右京たちを見た。 「みんな、行ってこい」と右京が言うと、子供たちは一斉に桜めがけて走って行った。 ほとんどが顔見知りなので、右京は子供たちにはかなりフランクだ。 「土地は元々持っていたものだけど、総工費三百億よ…」と楓が眉を下げて言うと、右京は大いに苦笑いを浮かべた。 「そのうちお城でも建てたいって思っていたからいいの。  博物館もお城の中にできるし、  入場料をとって解放することも決まってるから。  それなり以上に採算は取れるって、  楓ちゃんが計算してくれたから」 秋桜が自信満々に言うと、次元の違う話だと右京は思って、金銭に関することに対してはもう驚かないことにした。 確かにこの辺りには観光名所はそれほど多くない。 都心からそれほど遠い場所ではないので、この風光明媚な城は観光客にとって目玉となるかもしれない。 さらには農地では季節ごとに、『狩りイベント』が行われるので、さらに集客が見込まれていた。 これからの季節は、栗、柿、梨、マツタケがメインとなる。 「…うふふ…  松茸狩りだけで、億は超えるのよ…」 秋桜は不敵に笑って言った。 「…国営農場ですが…」と右京が大いに戸惑って言うと、「うちの土地だもの」と秋桜は堂々と言って胸を張った。 さらに資産を増やすように計画されていたと、このようなことに明るくない右京でもよく理解できた。 ここに引っ越してきた肝心の野菜泥棒対策の特別チームは明日到着する予定となっている。 総勢30名の体が動く猛者ばかりで選抜されている。 もちろん頭も切れるので、それほど若い者はいない。 宿舎はほど近くに陸軍の施設があるのだが、城に住居用の部屋が五万とあるので、隊員たちの希望を聞くことにしている。 翌日の朝のニュースで、また農場あらしが現れた。 今回は二カ所で、鳥取のなし農園と山形のサクランボ農園が根こそぎ果実を奪われたそうだ。 その詳しい情報が右京たちのくつろぎスペースに置いてあるパソコンに上がってきた。 今回は鳥取が雨上がりだったようで、多くの証拠が発見された。 「…怪獣の仕業か…」と右京は言って、想定される体長体高を見て、「おもしろい」と言ってにやりと笑った。 「今回も被害者は皆無…  どうして一度だけあったのかが謎だな…  そして相手は、知的生命体なのだろうか…」 第一の被害者の死因も判明して、心臓麻痺とだけあった。 よって外的要因はなく、ショックで心臓が停止したということになる。 さらに新しい情報として、一晩当たりに奪われた作物は約一トン。 そして動物の農場は襲っていない。 よって相手は草食動物と推測される。 さらにはなぜこの小さな国を狙ったのか。 全世界に対して調査委依頼をした結果、ほかの国でも同じ目にあっていた事件が数知れず上がってきた。 まさに農家の敵で、この国が脚光を浴び始めた。 もちろんこの国の被害が一番甚大だからだ。 「…それほどに、この国の農作物が口にあったか…」と右京がつぶやくと、「相手が動物だとそうなるわね…」と楓が眉を下げて言った。 「問題は移動方法。  小さいやつでも推定体高2メートル。  そんな巨大なヤツの姿を誰も見ていないんだ。  しかも、小さな国とはいえ、一晩に500キロほどは移動している。  乗り物に乗っている」 「だけど、巨大な乗りものよね…」と楓は言って、右京が何を言いたいのかようやく理解できた。 「さらに、ひとりを除いて全く被害を受けていない。  強制的に眠らされていた」 「…それほど騒ぎを起こしたくない宇宙動物…」と楓が言うと、右京は大きくうなづいた。 「だが、あまりにも作物がうまいから、  かなり大胆になってきている。  そろそろここに来るぞ。  今夜から寝ずの番だ。  被害は必ず夜。  闇夜に紛れて、食べるのではなく収穫して持ち去っているはずだ。  落ち着いてからじっくりと味わって食う。  動物だが動物ではないんじゃないのか…  人間の姿に変身できることも考えておいた方がいい」 「…かなり厄介ね…」と楓は言った。 右京は考察したすべての事項を警視庁に報告した。 よって強制的に、本来の隊員と、さらに選抜されたチームが、この国営農場と比較的大きな農家がある地域に派遣された。 そして誰もが防毒マスクの装備を義務付けられた。 「…出張程度で済みそうだけど、  もう少しここで過ごしたかったね…」 右京は巨大な城を見上げて言った。 「この近隣の平和を守れば?  人が増えると犯罪も増えるわ」 「上司に相談しよう」と右京が笑みを浮かべて答えると、桜が大いに喜んだ。 だがこの国の防衛体制に恐れをなしたのか、ほかの国で被害があったと報告が上がってきた。 よって長期戦になることは決まってしまったようなものだ。 ついには、植物工場まで被害にあって、根こそぎ作物を奪われた事件も出てきた。 もちろん人的被害はなく、農作物だけを奪われた。 だがその時に窃盗犯たちの姿をかすかに捉えていた防犯カメラの映像が全世界に公開され、誰もが大いに恐怖に叩き落とされた。 「過剰な防衛をしなけりゃいいのだが…  できればこの星から出て行ってもらう解決方法が一番だ…  もしも宇宙船を壊した場合、駆除対応をする必要ができてしまう…」 「…相手も察したと思うけど…  立ち去る代わりに、ここを襲うんじゃ…」 楓は大いに心配して言った。 「それはある」と右京は力強く言った。 だがその翌日、全世界を震撼させる騒ぎが起こった。 この星で一番の大国の田舎の農場が襲われ、なんと宇宙船を破壊してしまったのだ。 まさに右京の心配が的中して、やけになった数体の巨大動物たちが暴れ始めた。 「…ブラックパープーの奴らだろう…」と右京はうなるように言った。 「…レールガンをぶっ放したそうよ…  …博士さん、本当にマッドサイエンティストだったのね…」 しかし、ブラックパープーはその姿を見せることはなかったのだが、楽な戦いではなく、隊員の半数を失っていた。 「まずは防衛だろう。  ここにはうまい飯がたんまりとあるからな…  入国制限を強化した方がいいが…  海を泳いでやってくる可能性もある…  潜ってこられるとさらに厄介で、確実にこの国に来るだろう」 もちろんこの国も事件が収まるまで防衛網を維持することに決めた。 そして農家も無理のない範囲で警備員などを雇い始めた。 よってさらに利益が必要になるので、国が国有地を農地として農家に提供して、作業員の増員の援助も行った。 さらに大きな国営農場も二カ所作られ、この国は農業大国に変貌した。 よって三か月後には、比較的安価でうまい農作物の流通が始まった。 どの農家も比較的裕福な生活ができるようになり、国の援助も徐々に終息することに決まった。 しかしついに、この国の一番北にある国営農場が襲われた。 農作物の被害は大したことはなかったが被害者が出たのだ。 幸い一命はとりとめ、さらには詳しい内容の映像も公開された。 やはり人間の姿に変身できるようで、全世界に一斉指名手配となった。 被害者は軍人だったのだが、油断していたのか、事件発生時のその場所にひとりしかいなかった。 よって抵抗する間もなく、猛獣の巨大な腕で吹き飛ばされた。 だが監視は怠っていなかったようで、一斉にサーチライトが灯って、犯人は農作物を持てるだけ持って逃げ去った。 「…人間を簡単に吹き飛ばすあのパワーは脅威だな…  何とか味方にできないか…」 右京の言葉に、「…食べ物を与えて警備員にしちゃうわけね…」と楓は眉を下げて言った。 「ようやく完成したわ!」と秋桜が言って応接間に入ってきた。 「おとり用の農地でも作ったの?」と右京が気さくに聞くと、「…もちろん、実益も兼ねてよぉー…」と秋桜は眉を下げて答えた。 「…実益って…  普通、海上に島を造る人はいないわよ…」 楓が大いに眉を下げて言うと、「リゾート地にもしたもぉーん!」と秋桜は陽気に言った 。 そして桜に顔を向けて、「年中海水浴ができるのよ!」と秋桜は陽気に言って、桜を味方につけた。 「…総工費… ここの10倍…」と楓は大いに眉を下げて言うと、「守る必要はあるが…」と右京は言って大いに戸惑った。 さすがに、200キロも離れた場所を同時に守ることは不可能でしかない。 すると秋桜が、「うふふふ…」と意味ありげに笑って右京を見た。 「和馬さん、空飛んで」という秋桜の言葉に、右京も楓も目を見開いたが、桜は大いに喜んでいた。 「試してないでしょ?」と秋桜が言うと、ここは右京は何とか察してブルーパーに変身した。 「…おお…」と右京の同僚たちが感嘆の低いうなり声を上げた。 右京は軽く両足でジャンプした。 そして前に体重移動をした時、とんでもない勢いで体が前に動いたのだ。 もちろん重力のせいで地面の落ちそうになったが、今度は胸をそらすようにすると、空高く舞い上がった。 まずは試運転とばかりに、ここからもうすでに見えている人工島を目指して飛んだ。 やはり警備は怠っていないようで、私設軍隊が島を守っていた。 しかし誰もがブルーパーが飛んできたことに、大いに歓迎して大きな拍手をした。 「忙しくなってしまった…」というブルーパーの言葉に、誰もが笑うことなく素早く頭を下げた。 すると、『ウー…』と控えめなサイレンが鳴ると、誰もが大いに緊張の顔に変わった。 ブルーパーは近くにあるモニターを見入って、すぐに海に向かって飛んだ。 「海水浴かい?」とブルーパーが言うと、人間に見えるものは大いに慌てて後ろ向きに泳ぎ始めた。 どうやらひとりのようで、仲間たちとははぐれてしまったようだ。 「人間の言葉が理解できるのなら聞け」 ブルーパーの言葉が聞こえたようで、男はゆっくりと振り返った。 「食い物を奪うな。  もし、食い物を守るのであれば、  その代わりに毎日腹一杯食わせてやる」 すると言葉が通じたようで、男はまるで直立ができるワニのような姿に変わってから、溺れた。 ブルーパーが逞しい腕を浮かんで宙に浮くと、ワニは大いに眉を下げてブルーパーを見ている。 「何があっても暴れるな。  俺が守るから、俺の後ろにいればいい」 ワニは正しく判断できたようで、何度も頭を下げている。 ブルーパーはこのままの姿勢のまま、島の砂浜に降りた。 もちろんブルーパーの様子は全て確認していたが、さすがに会話は聞き取れなかった。 「仲間にするから、攻撃はするな!!」 ブルーパーが叫ぶと、屈強な兵士たちは顔を見合わせている。 どうすればいいのか、大いに困惑しているようだ。 「食事会をするから、食べ物を持ってきて欲しい!」 ここは速やかにブルーパーの言葉を信じて、生で食べられるものや弁当などの準備を始めた。 すると、近代的な飛行艇が飛んできて、砂浜に着陸した。 ハッチが開いて、「うわぁ!!」と桜が陽気に叫んで真っ先に走ってこようとしたが、その体はふわりと浮いて楓に抱かれた。 「これから餌付けだから。  ちょっと待っててね」 秋桜は穏やかに言って、ゆっくりとブルーパーに近づいてきた。 「俺の上司だ」とブルーパーが言うと、ワニは困惑気な顔をしてから人間に姿を変えた。 「言葉は通じるわけだ。  だが、君の言葉はまだ聞いていない」 すると男性が、「…勉強しておいてよかった…」というと、右京はきちんと聞き取れたので何度もうなづいた。 「となると、勉強していないものもいるよね?」 「まあ、ほとんどいないだろうね…  半数ほどはやられたし…  まさかあんな兵器を持っているとは予想もしていなかった…  ほかの星では実弾だから、  宇宙船が破壊されることはなかったんだ…」 「その件についてはあとでじっくりと話をしよう。  さあ、飯が来た」 ブルーパーは言って、大いに腰が引けている者から、サイコキネッシスを使って大きなワゴンを引き寄せた。 「さて、まずは俺が毒見をする。  眠り薬とか入れているかもしれんから」 「…仲間じゃないのか?」 「そんなもの、見た目だけだ。  司令官は外にいなかったからな。  俺は今のところ家族とおまえだけしか信用していない」 ブルーパーの言葉に、男性は楓たちを見て笑みを浮かべた。 「…ふん…  これとこれ、それにこれもダメだ」 ブルーパーは言って、ワゴンの天板の下から棚を出してから、その場に置いて、男に説明を始めた。 「…色が変わっている… くさい…」 「そういうこと。  気化したものを吸うだけで、眠くなるかもしれんぞ」 すると秋桜が大いに怒って、「鮫島っ! てめえ、クビだ!」と叫んだ。 どうやら鮫島という者が、この島の責任者だったようだ。 「一条! 竜巻! 拘束しろっ!!」 今呼んだふたりは、秋桜の直属の部下だろうと、ブルーパーは察した。 「誰も信用しちゃダメよ」と秋桜が眉を下げて男性に言うと、「俺はこの男だけは信用した」と男性は言ってブルーパーを見上げた。 「そうよ、それでいいの。  だけど、桜ちゃんだけは信用してあげて欲しいの」 秋桜は言って、楓に向かって手招きをした。 「おまえの子供かい?」 「ああ、養女にした。  みなしごになったもんでな。  動物の世界で言うと、拾って育てていると言ったところだ」 「…ああ、同種族で強ければそれはある…」と男は答えた。 「弱い方が育て甲斐があるだろ…」というブルーパーの言葉に、男は少し考え込んで、「…成長が早ければそれでもいいが…」と大いに悩みながら言った。 「自分の体と子供を守る必要がある。  だがら自分自身も鍛え上げて、  守れるようになればいいだけだ」 「…その時に考えよう…」と男は言って、ブルーパーが差し出した木の実に食らいついた。 「皮もうまいのかい?  むいた方がうまいと思うんだが…」 ブルーパーが手本を見せると、男は不器用だが真似をして、「苦くない」とつぶやいて、陽気に食べた。 ここからはピクニックになって、ブルーパーの家族と男の食事会になった。 「宇宙船を操縦していたのは、別の種族だろ?」 ブルーパーが聞くと、「どこかの星の奴隷だったそうだ」と男は言ってもりもりと食べる。 「奴らは昼に行動して、レアメタルなどの窃盗をしていたようだ」 「…なるほどね…」とブルーパーは答えて、男に負けじと、大きな果物にかじりついた。 報道によると宇宙船はどこにもなかったそうなので、どうやらブラックパープーが持ち去ったんだろうと、ブルーパーは考えていた。 よって、それなり以上の資金の調達も終えたことになる。 「この星にどれほどいたんだい?  寝てから寝るまでを一日という」 「ああ、そういうのもお勉強した。  この星の滞在期間は600日ほどだ」 右京が得ていた情報と一致していたので、疑うことは何もなかった。 「申し訳ないが、俺のようなお人よしはそれほどいない。  誰もが信用するまで、俺のそばにいて欲しい」 「ああ、そうした方が安全のようだ」と男は言って納得していた。 「実は俺も命令を受けて動いているが…  宮仕えはやめた方がよさそうだ…」 「雇うわよ!」と秋桜がすぐさま言ったので、ブルーパーはその言葉通りにすることにした。 すると早速秋桜はスマートフォンを出して電話を始めた。 「…ブルーパーはもらったぁー…」と秋桜はまるで悪党のように言い放ったので、ブルーパーは大いに笑った。 『待ってくれ! 彼は我が国の中心人物になるヤツだ!  いくら金持ちでも、わがままは許さん!』 秋桜の電話の相手はこの国の代表者の首相だった。 「隠し事は嫌だから全て公開してるじゃない…  調査だ何だと言って、  和解した宇宙人を連れ去るでしょ?  それって、ブルーパーが許さないわよ」 『…うう… それは、だな…』 「原稿を見ないと話せない人は首相を辞めた方がいいわ。  あんたの政党ごと買い取っちゃうわよ」 秋桜の言葉に、「できるの?」とブルーパーが聞くと、「…残念ながらできちゃうわ…」と楓が眉を下げて言った。 「それに、睡眠薬を入れるようにって指示したのってあんたよね?」 ついに首相は何も言えなくなっていた。 「平和になろうとしてるのに、  かき回すのはどうかと思うわよ…  それに知ってるって思うけど、  全世界中に今あった真実の映像を流し始めたから。  次の就職先、考えておいた方がいいわよ」 秋桜は言うだけ言って電話を切って、近くまで来ていた事務方の部下に今後の方針を伝えた。 「おいしい?」と桜が男に笑みを浮かべて言うと、「ああ、落ち着いて食った方が何十倍もうまい!」と男は陽気に言った。 「お城に戻るの?」と桜は今度はブルーパーに聞くと、「ああ、一旦は戻るけど、ここも目を離せないな…」とブルーパーは大いに考え込んで言った。 そして砂浜に座って手のひらをつけた。 すると、海岸線から海水が消えた。 「あ、ちょっとやり過ぎた…」とブルーパーは言って、全員に砂浜から出るように言った。 「津波警報出して…」とブルーパーが眉を下げて言うと、秋桜は、「…わかったわ…」と眉を下げて答えた。 ブルーパーは砂遊びにをするようにして、海岸線に高い堤防を創り上げた。 「…高くても二メートルほどだろうけどな…」 「…津波を起こして、泳いできたとしても押し戻されるように…」と楓が言うと、「根こそぎやってしまってね… 表面だけのつもりだったんだが…」とブルーパーは頭をかきながら言った。 そして待つこと一時間、海水面が上がってきたので、ブルーパーは砂浜に立って、南北に長い結界を張った。 高さは三メートルほどだが、海水がそれを乗り越えてきた。 だがすぐに治まって、海岸に波が打ち寄せた程度で終わった。 「30分程はこのままだな…」 その頃、対岸の大陸でバカンス気分で寛いでいたブラックブルーパーたちは、津波に襲われて大騒ぎとなっていたことは誰も知らなかった。 「ちなみに聞きたいことがあるんだが…」と男は聞いてきた。 「おっと、その前に」とブルーパーは言って変身を解いて、自己紹介をしてから、家族の紹介をした。 男の名前はないそうなので、「とりあえずクロコダイルでいいかい?」と右京が聞くと、男は大いに気に入ったようだ。 「じゃ、聞きたいことを聞こうか、クロコダイル」と右京が言うと、「クロちゃん!」と桜は大いに陽気にあだ名で呼んだ。 クロコダイルは桜に笑みを向けてから真剣な顔になった。 「動物の肉と変わらない植物がこの宇宙のどこかに生息しているそうなんだ。  この星はいろんな場所に行ったが、そのようなものはなかった。  感覚的には、  マンゴーと呼ばれる果実のような野菜のようなものが近いと感じたが…」 「いや、その植物は俺は聞いたことがない。  クロコダイルは見た目通り肉食かい?」 「いや、草食に近い雑食だ。  動物の肉は焼いたものしか食わない。  仲間の数人が生肉を食って、大いに苦しんでいたから、  基本的には草食なのだろうな。  生肉は受け付けない肉体なのかもしれない…  だが農地に生る肉の実に大いに興味があってな。  星を三カ所ほど回ったが、そんなものどこにもなかった」 「それ、宇宙船の乗組員から聞いたのかい?」 「ああ、そういうことだ。  もちろん股聞きになるから、  本当か嘘かは定かじゃない。  だが、桃源郷だと言っていた。  今まで行った星は、そんな感じじゃなかった…」 クロコダイルの話に、右京は大いに興味を持った。 「家畜が必要なくなる星に生まれ変わることもできる」 右京の言葉に、「…そうね… そういった家畜の上に、私たちはいて生きて行ってるから…」と楓は少し悲しそうに言った。 「しかし、肉のなる植物か…」と右京は言って少し笑って、「食糧難がなくなるかもしれない」と笑みを浮かべて言った。 「ブルーパーにわからないことを知る能力ってないの?」という楓の言葉に、右京はすぐさまブルーパーに変身した。 数種類術を使ったので、術を放たなくてもどのような術なのかは理解できる。 その中に面白いものがあり、「…救難信号…」とブルーパーは言って少し笑った。 さらには、「…仲間との交流… 困った奴と接触するのも問題だよな…」とブルーパーは言って術は放たなかった。 また、「…百科事典… なんだこれ…」と言って術を放つと、ペラペラの冊子のようなものが出てきた。 しかし表紙を見てブルーパーたちは大いに目を見開いた。 「…まさか、これなのか…」と言って冊子をめくると、その成分やら調理方法やらが書かれている。 「…問い合わせ先…  フリージア星、万有源一…」 楓が大いに苦笑いを浮かべると、「…問い合わせてみるか…」とブルーパーは言って、冊子に触れて念話を送った。 『おや? 珍しい経路で念話が来たね』 まさに念話で、声はブルーパーにしか聞こえていない。 「初めまして。  私はブルーパーといいます。  人間名は右京和馬です」 ブルーパーは極力丁寧に言った。 『…あー… そちらの星は平和だったのでスルーさせてもらったけど、  何かあったんだよね?』 「…実は…」とブルーパーは言ってすべての事情を話した。 『妙な動物はあなたがどうとでもするだろうね。  手伝ってもいいけど、あなたの修行にした方がよさそうだ。  ドドンガの実に興味があるのなら持っていくけど、行っていい?』 「はい、お待ちしています。  いつ頃来られるのでしょうか?」 『今すぐにでも。  一瞬で、あなたの目の前に立っていますよ』 万有源一の言葉に、ブルーパーは大いに戸惑った。 だが、絶好のチャンスと思い、「はい、お待ちしています」と言ったとたんに、ブルーパーから男女二人が飛び出してきた。 「手品手品!!」と桜は陽気に叫んで手を叩いている。 「…こいつを成敗すればいいの?」と女性が言うと、「違いますから」とブルーパーは言ってクロコダイルの前に立った。 「…余計なことに首を突っ込む必要はないから…  俺たちはただの運び屋だ」 万有源一は改めてブルーパーたちとあいさつを交わして、早速肉の生る実の説明をしたのだが、「成長させるから」という源一の言葉に、ブルーパーは大いに目を見開いた。 源一は砂浜から出て、土に種を植えると、一瞬のうちに植物が成長して、丸い大きな実と、四角い弁当箱ほどの実が生った。 桜は大いに喜んで手を叩いている。 そして源一は調理道具などを出して調理を始めた。 調味料は、この海の海水から塩を抽出しただけで、それを振りかけて焼いただけだ。 「食べても問題ありません」といつの間にかいた少年が言うと、ブルーパーたちは大いに目を見開いた。 「…あっ…」と桜はつぶやいて、少年を見てホホを赤らめた。 「この子はイカロス・キッド。  ロボットだ」 源一の言葉に、誰もがさらに驚いている。 「…桃源郷とお聞きしたのですが…」とブルーパーが大いに戸惑って聞くと、宙に映像が浮かんだ。 「…桃源郷だし…  そうじゃないところもあるけど、  想像した近未来的な建造物はない…」 楓は目を見開いて言った。 「科学技術とうまく付き合わないと、  平和は維持できないから。  イカロス・キッドのようなロボットは、  特別な者にしか持たせていない。  だけど、この子も強いから、  ヘマはほとんどしないだろうな」 「うん、絶対はないからね…」とイカロス・キッドは源一を少しにらんで言った。 「ま、積もる話はかなりあるから、先に食べてみてくれ。  腹を壊すことも、命を失うこともないから」 「はい、いただきます」とブルーパーは言って、綺麗にスライスされている肉にしか見えない農作物を口に入れて目を見開いた。 そして噛みながら、「…うまい…」と空を仰いで言うと、誰もがすぐに手を出して、「うまい!」の大合唱が始まった。 「大きい方は少しこってり目で、小さい方はかなり淡白だ。  だがどちらもうまいと思う」 源一の言葉に、ブルーパーは何度もうなづいた。 「…人間の勉強をしてよかったぁー…」とクロコダイルは言って、本来の姿を晒して、またひと口口に入れて幸せそうな顔をした。 「…連れて帰るぅー…」と花蓮が言うと、「できるわけないだろ…」と源一は眉を下げて言った。 源一はさらに調理して、クロコダイルの目の前に肉の山を作って喜んでいる。 「ブルーパーさんはまだまだ修行不足のようだから、  フリージア星かアニマール星で修行を積んだ方がいいね。  元の体は少々お粗末だから、  俺が造り替えてもいい。  メンテナンス程度では修復できない、  少々困ったことになりそうな気がするからね」 「はい、全面的に従います」とブルーパーは言って頭を下げた。 その説明をイカロス・キッドがすると、「…金属疲労…」とブルーパーは言ってうなだれた。 「総入れ替えする必要はあるね。  一年もしないうちに、右京和馬の体は崩壊するよ。  ブルーパーの肉体は別物だけど、  今の本体は右京和馬の方だからかなり問題がある。  秘密の通路を創ってもいいけど、  いい置き場所ないかな?」 「はい、俺たちの城に」とブルーパーは言って頭を下げた。 「おっ いいねぇ…」と源一は笑みを浮かべて言って、桜を見た。 「すっごくおっきいの!」と桜は陽気に言って両腕を上げて広げた。 「桜ちゃんはある意味、真由夏と同じか…」 源一の言葉に、「桜と同じ境遇の方もおられるのですね」とブルーパーは言って桜の頭をなでた。 「城だから社の方がいいだろう。  もう二人呼ぶから」 源一は言って念話をすると、源一から男女が飛び出してきた。 「この星は問題なかったはずですが…  問題が発生したわけですね」 男性は言って徐にかがんで手のひらを地面につけた。 「あ、そういうことですか、納得です」 男性は言って笑みを浮かべて立ち上がった。 「俺がここに来て知った知識以上に知ったはずだから」と源一が大いに苦笑いを浮かべて言うと、「こちらの方も素晴らしいのですが…」とブルーパーは笑みを浮かべて男性を見て言ってから、花蓮ともうひとりの女性を見た。 「男二人は信用してくれていいから」と源一は言って、男性と肩を組んだ。 早速自己紹介をして、男性は八丁畷春之介、女性は八丁畷優夏と紹介を受けた。 「では、城にお邪魔しましょう」と春之介は言ってふわりと宙に浮かんだ。 ブルーパーは楓と桜を抱え込んで宙に浮くと、桜は大いに喜んでいる。 人型のクロコダイルは源一が抱えて、「あ、いいね」と言って笑みを浮かべた。 大勢で空を飛んで、あっという間に城が見えてきた。 「…ここまで本格的な城は見たことない…」と源一は大いに陽気に言って、城を観察するようにして地面に降りて、クロコダイルを下した。 「広い農地もあるなぁー…  ドドンガ一号二号もここに植えればいいか…」 源一の言葉に、「植物を成長させた術ですが」とブルーパーが聞くと、「修行をすればできるようになるから」という源一の言葉をブルーパーは信じた。 まずは春之介が城の中のリビングにお社を建てた。 いきなり出来上がったので、右京たちは大いに驚いている。 「この社は瞬間移動装置でもありますが、  悪者は移動できません」 春之介の言葉に、桜は大いに顔色を曇らせた。 「今の桜ちゃんは通れるよ」と春之介がやさしい笑みを浮かべて言うと、「…よかったぁー…」と言って安堵の涙を流した。 「しかも迎えが来ないと移動できません。  出迎えができるのは、今は俺と優夏だけです。  ですが…」 春之介が社を見ると、勝手に扉が開いて、少女たちと動物たちがわらわらと出てきた。 「神とその巫女です。  このお社に対しては案内人と言ったところでしょう。  本来の能力は、勇者と同等ほどの実力を持っています。  勇者は神に教わることも多いのです」 ブルーパーはすぐさま神たちに頭を下げて、「よろしくお願い申します」と笑みを浮かべて言うと、桜と楓も右京に倣った。 「今は気を抜けませんから、観光旅行は後日とした方がいいでしょう」 春之介の言葉に、少し浮かれていたブルーパーの気持ちが引き締まった。 「前回逃げた怪物がここを狙っています。  姿は人間。  変わった服を着ているので目立っていますが、  服だけですからそれほど興味を持たれていません。  顔、頭髪、手足は、この星に住む人間そのものですから」 春之介は言って、クロコダイルに笑みを向けた。 「狙うのは夜ですが、どうやら気付かれましたね。  さすが動物の探知能力は素晴らしいです」 「いえ、八丁畷様の方がよっぽど素晴らしいです」とブルーパーは胸を張って言った。 「俺は何もしていません。  全てはお願いして調べてもらったのです。  北の国営農地を襲ったのはこの男です」 またいつの間にか少年が現れて、宙に映像を浮かべた。 クロコダイルは目を見開いて映像を見入った。 「第一班の班長です」とクロコダイルが言うと、「それなりに強いわけだ」と源一は言って何度もうなづいた。 「クロコダイルのように人間の勉強をしていたと思う?」とブルーパーが聞くと、「誰よりも荒っぽいだけ…」とクロコダイルは言って苦笑いを浮かべた。 「捕らえたら、元いた星に戻します。  クロコダイルさんたちが住んでいた星はここです」 春之介の言葉と同時に宙には星系地図が現れて、この星との位置関係がよくわかった。 「住んでいた生物、人種から判明しました。  間違いないはずです」 映像はその星の表面の映像に変わると、「…間違いありません…」とクロコダイルは目を見開いて言った。 すると桜は何を思ったのか、クロコダイルを抱きしめた。 「桜、クロコダイルはもう仲間だ」とブルーパーが笑みを浮かべて言うと、「あー、よかったぁー…」と桜は言って、満面の笑みをクロコダイルに向けた。 「もちろん、本人の意思も尊重するから。  母星に帰りたい時は万有様たちに言ってくれ。  里帰りという意味で言ったし、  クロコダイルが決めてくれていい」 「俺はここで過ごしたい。  どうか、使ってください」 クロコダイルは言って、ブルーパーに頭を下げた。 源一たちは広い農地をさらに拡張して、ドドンガの種を植えて十分の一ほどを成長させた。 ブルーパーも手伝ったのだが、ここにやってきた4人は穏やかな人間の姿をした化け者でしかなかった。 その労働力、スピード、パワーは、ブルーパーをも根を上げさせるほどだ。 さらに植物を成長させる術まで放つ。 さらにはわけのわからない道具や土などもどこからか湧きあがらせる。 しかし修行をすればできるようになると源一から聞いているので、ブルーパーが焦ることはなかった。 「まだ明るいですが、ここに攻めてくるようです。  実のにおいを感知したようですね」 春之介の言葉に、「受けて立ちます」とブルーパーは堂々と言った。 「…これは… ほかの仲間も必ずここに来るけど…」とクロコダイルは言ってから、島の方角を見た。 「津波のおかげで、どれほど急いでも到着は10日後です」という春之介の言葉に、クロコダイルは少し笑った。 秋桜が造った島のおかげで意識を大陸の外に向けさせることに成功した。 その秋桜は悲しそうな眼をブルーパーに向けた。 ついさっき食事をしたばかりだが、今度は楓が調理をして大宴会が始まった。 もちろん、怪物の班長を捕らえるためだ。 よって一般人は立ち入れない場所で宴会をやっていて、辺りには壊れるようなものはない広い草原だ。 すると予想した通りに、素晴らしくうまそうな匂いに我を忘れたのか、クマのような怪物が現れた。 ブルーパーは慌てることなく焼いたドドンガの実を投げた。 クマは大慌てで焼いた肉に食らいついて、大いにうまそうにして食ったが、源一に簡単に確保されて、空からやってきた宇宙船に乗せられた。 「もう終わってしまった…」とブルーパーは言って眉を下げた。 「…戦う必要もなかったのね…」と楓は少し残念そうに言った。 「相手は動物でしかありませんから。  ですが油断はできません。  同じ生物が西と東から迫っています。  それが片付けば、俺たちの仕事は終わりです」 春之介の言葉に、「まずは西からですね」とブルーパーは言って、距離を変えて肉を投げた。 怪物は姿を現して肉を食ってさらに近づいて肉を食ったとたんに春之介に捕らえられて、また宇宙船に乗せられて飛び去った。 宇宙船が大気圏に飛び込んできて、源一が姿を見せた。 そして地面を見て少し笑った。 「モグラか…」とブルーパーは言って、正拳を地面に叩き込んだ。 まるで地震のような揺らぎがあり、怪物が地表に姿を見せたと同時に肉を投げた。 怪物が肉を食っている間に、源一が捕らえて強制的に宇宙船に乗せた。 すると春之介が戻って来て、「ミッション終了です」と笑みを浮かべて言った。 「平和的に終わって助かりました」と変身を解いた右京は言って春之介に頭を下げた。 「まだまだいるようなので、捕らえたら檻にでも入れておいてください。  エサを与えれば大人しいものでしょうから」 源一も戻って来て、「少し暇になったから、右京さんの体を造り替えようか」というと、「はい、よろしくお願いします」と言って頭を下げた。 「大屋秋桜さん以外は一緒に行きましょうか」と春之介が言うと、秋桜はまるで鬼のような顔をした。 「…ほら怒った。だからダメなの」と優夏が言って少し笑うと、秋桜は大いに反省したが、顔を上げるともう誰もいなかった。 「…おばちゃんはちょっと残念…」と桜が言うと、「…とってっもよく理解できていてすごいわ…」と優夏は機嫌よく言って桜の頭をなでた。 桜は少し自慢げな笑みを優夏に向けた。 大勢の人たちと動物たちがいるが、春之介は一行を誘ってとある部屋に入った。 「…ま… 秋桜さんを連れてこなかったのは別の理由があったからだよ」 源一の言葉に、右京たちは大いに目を見開いた。 「右京さんの肉体の本当の造り主は秋桜さんだからです」と春之介が言うと、「…あ…」と誰もがつぶやいて、ある程度の理解を終えていた。 「…博士さんがメンテナンスをしてたのって…」 「幻覚を見せていたと推測してる。  面白い回路がかなりの数あるようだ。  ま、そういうのは俺たちは引っかからないから。  そういった無駄な装置などを取っ払って、  完璧に仕上げるから」 源一は言って、これから行う作業について、イカロス・キッドに説明させた。 そして、人間右京和馬の真実を、楓と桜は知った。 「実は、こういった生物は存在します。  ですが右京さんの場合は、  外科手術によってここまで小さくされてしまった。  これは右京さんが住んでいた国ジャポンの陸軍総帥が率先して  実験体として確保したものだった。  右京和馬という人間は、  一般的はもうすでに死んでいるのだけど、  戸籍などは残っている。  そして年齢は、65才」 楓は大いに眉を下げ、そして涙を流して桜を抱きしめた。 「まさに悪魔の所業だが、所業は悪魔でも右京さん本人は正義の味方となった。  だからさらに、正義を貫いてもらうから」 源一の少し厳しい言葉に、右京は笑みを浮かべてすぐさまうなづいた。 「…だとすると…  和馬さんを造ったのって…  まさか…」 楓は目を見開いて言った。 導き出された答えが、あまりにも近くにいたからだ。 「あの飛行艇は見事なものです。  それなり以上の工夫がないと、  ジャポンの科学技術では造れないはずです。  秋桜さんは才女でもあるようだ」 春之介の言葉に、「…やっぱり…」と楓は言って、微妙な笑みを浮かべた。 「こういう大団円を望んでいたと思います。  まさか、さらに宇宙人がやってくるとは思わなかったでしょうけどね。  ブラックパープー団も、お姉さんの作品でしょう。  人工島にはロボットはいませんでした。  最終的にはロボットを警備員にしたかったんだと思います。  ですので、残虐な事件などは皆無だった。  ロボット警備兵のお試しロボなのでしょうね。  できれば政府から隠したかったような気がしますね。  秋桜さんはジャポン国の姫だけど、  女王ではありませんから」 「…よくご存じでぇー…」と楓は大いに眉を下げて言った。 「そこまで探っていると思ってたよ。  さあ、とっととやっちまうぞ!」 源一は言って、かなり楽しそうに、新しい右京和馬を何なく造り上げた。 右京は数秒眠っただけでほとんど起きていて桜か楓と話をしていた。 そして右京は完成した体を触れ回り、「…すごく新鮮だ…」と笑みを浮かべて言った。 桜が抱きついてくると、「…ああ… 細かいところまでよくわかる…」と右京は笑みを浮かべて言った。 「ある意味人間以上だから。  気に入らなかったら勝手に調整してくれていいぞ。  あまり敏感に調整すると、  正確が神経質になる場合もあるんでね」 「はい、よくわかります。  本当にありがとうございました」 右京は源一に深々と頭を下げた。 「それから右京さんはロボットではない。  脳と、それを生かす心臓は、  右京さんそのものだから。  ほんの一部でも人間の右京さんの部位が残っているんだから、  右京さんは人間だ。  これだけは忘れないでほしい」 右京はこんなことなど考えてもいなかった。 しかし右京は大いに苦笑いを浮かべて、「…無謀なことばかりしていました… 俺はロボットだとして、その事実に甘えていたと思います」と堂々と言った。 「理解できているようだからそれで構わないさ」と源一は言って、右京の肩を軽く叩いた。 「無謀を容認するわけじゃないけど、  無茶をする場合は勇者の方…  ブルーパーの方ですればいいだけだから」 「…はい… 人工知能にも入っています。  程々が大切だと。  その都度、俺は人間として様々なことを考えます」 「いや、入れてないぞ。  それは元々右京さんが持っていた脳からダウンロードされたものだから。  人工知能は完全に入れ替えたけど、  思考などは何も変わっていないはずだ。  だから結果をはじき出すことが早いと思うけど、  本来の脳とよく相談することだね」 右京は大いに苦笑いを浮かべて、「人間の方の修行にします」と言って、源一に頭を下げた。 ここまで人間にこだわったのは、桜をここに呼んだことにある。 これで桜はブルーパーではなく、人間の父親として安心して自然に付き合えるはずなのだ。 だがそれは源一と春之介の杞憂だったようで、ロボットでも人間でも桜はどちらであっても、右京を父親として認めていた。 右京が桜を抱き上げると、「あー… 今までよりもやさしい…」と桜は言って満面の笑みを浮かべた。 「腫れ物に触るように抱き上げてみた」と右京が言うと、桜は陽気に笑った。
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