五十三

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五十三

 私に魔力が芽生えた……うれしい。と喜ぶ私に先輩はすぐに魔法は使うなといった。それは城での子どあるからだろう。 「シエルさんが、一から私に魔法を教えてください」 「わかった。時間ができたら基礎からゆっくりな」 「もしかして、ルーチェちゃんもオレの国に来るの? やった!」 「抱っこしてっス」 「お嬢、よろしく」  子犬ちゃんと、ひょっこりあらわれたガット君、福ちゃんは先輩を退け、私に飛びついた。 「福ちゃん、ガット君、こちらこそよろしくね」  ふたりをギュッと抱きしめたのだけど、のけられた先輩は私からふたりを引き剥がした。 「ルーは俺のだ! 触るな、近寄るな、お前らは甘えるなぁー!」  先輩はみんなを追い払い、私を抱きしめた。 +    先輩たちは国に帰る、子犬ちゃん呪い、私の魔力の話は終わった。福ちゃんとガット君は寝床にかえり、ラエルさんと子犬ちゃんはお風呂に行き。先輩と私はそのままテーブルで、紅茶を飲みまったりしていた。    キッチンの時計が9時半をまわる。明日も仕事だからと、帰ることにした。   「さてと、遅くなったし帰るね」 「そうだな、送るよ。……ルー、明日になったら店の人に伝えるのだろ?」  私はそうだと頷く。明日は――大将さん、女将さん、チックさんにたくさんの感謝と、ありがとうを伝えたい。 「そのとき、俺もついて行くよ」 「ほんと? ありがとう……シエルさん。おやすみなさい」  魔法屋さんから部屋に戻り、のこりの部屋の片付けと掃除を始めた。ガリタ食堂にきて約半年ぐらい、だったけど楽しかったな。  婚約破棄をされて、家を飛び出し、大将さんと女将さんに出会い、この部屋に住み出して2、3日たった頃。海側の窓に福ちゃんが現れた。ここに来た頃は失敗もたくさんし、悲しくて泣いた日もあった。  大将さん、女将さん、ニックさんは優しくて、ここで声を上げて笑えた。いい思い出を思いだして、鼻の奥がツーンとして涙が込み上げてくる。  ……でも私は、シエルさんに着いて行くって決めた。この気持ちは変わらない。 「女将さん達と最後の別れじゃない。手紙だって書ける、会いたければ会いにだって来れる。何年後かには先輩との子供を連れて……会いにこれる」  そうだ、レシピノートに新しい料理書いてお礼に渡そう。この日、私の部屋の明かりは遅くまでついていた。いつもより遅く寝たのに――いつもより早く目が覚めた。それなのに福ちゃんはそれ以上に早く、海側の窓に来ていた。   「福ちゃん、おはよう」 「ホーホー、おはよう」 「そうだ、福ちゃん。これからよろしくね」 「こちらこそ、よろしく頼む。また、後でな」  モフモフな羽で、私の頭をなでなで飛び去って行った。 「また、後でね!」  鏡の前で髪をセットして、ピシッと仕事服に着替えた。今日でこの服を着るの最後になる。すべての準備が終わった頃、壁にスーッと扉が現れてコンコンとノックされた。 「ルー、入ってもいいか?」 「どうぞ、先輩」  返事を返すと、扉が開き先輩が入ってきた。 「おはよう、ルー」 「おはよう、シエル先輩」  見慣れた黒いローブ姿の先輩が現れる。この日、先輩はフードは被っておらず、黒い髪はいつもより綺麗にセットされていた。 「下に行く時間だろ、行くか」 「うん」  短い返事で緊張が伝わったのか、大丈夫だと私の手を握り、一階に降りると仕込みの準備をする女将さんの姿が見えた。 「おはようございます、女将さん」 「ルーチェちゃんおはよう。あら、後ろの人はまさか! ルーチェちゃんの彼氏?」 「「はぁ! ルーチェに彼氏だって!」」    女将さんの声が厨房にも聞こえたのかニックさんが飛び出てきた。その後にゆっくり大将さんも出てくる。早く、何か言わなくちゃと焦る……でも、焦れば焦るほど喉が鳴り口が乾く。 「あの……あの、わ、私」  みんな集まると何から伝えればいいのか、頭の中はごちゃ混ぜだ。 「ルー、俺から言おうか?」 「でも、シエルさん」 「なんだね……彼とルーチェちゃんは私達に何か話があるんだね。店が終わってからでもいいかい?」  それもそう、今日もたくさんのお客さんが、ガリタ食堂の美味しいご飯を待っている。 「はい、後で話します」 「ルー、俺も手伝うよ」 「お、手伝うのはいいけど、けっこう大変だよ。あんたに出来るのかい?」   「大丈夫です」  今日のガリタ食堂のメニューは肉厚トンカツ定食! 衣がサク、サクッと揚がった肉厚トンカツに甘めのソースとマスタードが合う。大盛りのキャベツの千切りと、大根と揚げの味噌汁、付け合わせはきゅうりと白菜の浅漬け。 「さて、キャベツの千切りを始めるよ!」  私の最後の仕込みが始まった。   + 「七番テーブルよろしく!」 「はい!」  先輩もホールに立ち、出来立ての料理を運ぶ。前に一度だけやっているからか、スムーズに料理を運んでいた。働く先輩の姿を見るの、初めてだ。 「ほら、ルーチェちゃん。素敵だからって見惚れてないの。あなたもよ」 「すみません、女将さん」   「すみません……」  肉厚トンカツ定食は飛ぶように出て行き、開店からお昼過ぎには売り切れた。後片付けを終えてみんなはテーブルに集まる。 「ルーチェちゃん、シエル君、お疲れ様、じゃ、話を聞こうかね」 「はい。私がお付き合いをしている、シエルさんです。出会いは学園で一つ上の先輩でした」 「ルーチェさんと、お付き合いをさせていただいております、シエルです。」    そのあと、私はゆっくりみんなに伝えた。女将さん達に挨拶をしようと話していたのだけど、シエルさんが急用で――彼の母国ストレーガ国に戻らなくてはならなくなり。ここを辞めて彼に着いて行きたいと話した。  頷きなから私の話を聞き、女将さんと大将さんはしばらく考えて話しはじめた。 「今日みていて、2人はお似合いだと思ったよ。ルーチェちゃんと出会って半年か……いつのまにか、こんなに素敵な人を見つけたんだね、寂しくなるけど幸せになってね」 「そうだ、幸せになりなさい。ルーチェ、何かあったらすぐに戻っておいで。2階の部屋はいつでも空いてるからな」  女将さん、大将さんありがとう。  ガタッと、席を立つニックさん。 「おい、ルーチェを、俺の妹を必ず幸せにしてやってくれ!」  そう、先輩に手の前に手をだした。  先輩も立ち上がり、ニックさんの手をにぎり。 「はい、必ずルーは俺が幸せにします。大切にして、決して離さない」 「よし、言ったな。男同士の約束だ。ルーチェ、大切にしてもらえよ!」 「うん、ありがとうニックさん」  大将さんと女将さんに料理を書いたレシピノートをわたした。受け取った、女将さんは大切に胸にノートを抱きしめた。 「ありがとう。ルーチェちゃん、いつでもここを家だと思って帰っておいで……」 「はい、帰ってきます。お、お父さん、お母さん、お兄ちゃん」 「あら、可愛い娘が嫁に行っちゃうわね」 「そうだな。ルーチェ、元気でな」  笑顔の大将さんと、涙目の女将さんに抱きしめてもらった。ニックさんは何か言いたげだけど、笑って、 「ルーチェ……幸せになれよ」 「はい、ニックさんも……ほんとうに、ほんとうに、お世話になりました」
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