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婚約破棄
「あーこれ、私の好きだった乙女ゲームの世界だわ」
ここが乙女ゲームの世界だと気付いたのは。婚約者候補として王城のバラが咲く庭園で、金髪、碧眼、王子のような容姿の男の子、カロール王子とお会いしたときだった。
「はじめまして、カロール・アンサンテです」
カロール・アンサンテ? そ、その名前はハマっていた乙女ゲームのヒーローの名前と同じだ。じゃ、私は……このふんわり縦ロールの白銀の髪……ああ、そんなの乙女ゲームにたった一人しかいないじゃない。
「どうしました、ルーチェ嬢?」
ルーチェ、そう私は悪役令嬢ルーチェ・ロジエ。
――何故、乙女ゲームの世界に転生しているの?
あの日。たしか久しぶりの休日。私は推しのアニメグッズを買いに、近くの街まで出かけていたはず。その店、アニメ、漫画のグッズ店に到着してお目当ての品を買って、うきうき乗りこんだ帰りのバスに乗った。
でも、そこから先の記憶がない――ということは。
そのあと私に何かがあって、ちまたで有名な異世界転生した? と、気付いたのは十年前の事だ。
そして。今宵、ついにきた学園最後の舞踏会、悪役令嬢の断罪イベントの日。幼い頃、カロール殿下の婚約者にきまってから厳しい王妃教育、学園生活とここまでの道のりは長かった。
それも、ようやくおわる。
カロール殿下、国外追放一択でおねがいします。
はやる気持ちを抑え、騎士が開けた扉からエスコートなく会場に入場した。あつまる貴族たちの、いやな視線の中を進み中央に、私は断罪の場に立った。
すでに壇上で私を待っていたカロール殿下は、舞踏会の会場に到着した私を睨みつけた。その傍らにはこのゲームのヒロイン、リリーナさんが寄り添うようにいる。
(もうこの姿も見なくていいのね)
カロール殿下は息を吸い。
「よくきたな公爵令嬢ルーチェ・ロジエ嬢。魔力なしの君と婚約破棄をする。俺は魔力もちで可愛いく、優しい、男爵令嬢リリーナを心から愛してしまった」
「ごめんなさい、ルーチェ様。私もカロール様を愛してしまったの」
「魔力なしの分際で! よくも、いままでリリーナちゃんを苦しめやがって!」
「「そうだ、そうだ!」」
壇上で寄り添う酔狂な二人と、彼女の騎士になったつもりの『リリーナ親衛隊』はこの場でも、乙女ゲームとは違い魔力なしの私を見下し、大袈裟(おおげさ)に声を上げた。
「リリーナさんをいじめた悪女め!」
「いままで、おこなったことへの謝罪しろ!」
「リリーナちゃんにあやまれ!」
カロール殿下と、彼らは私のことをリリーナをいじめる悪女だという。じっさいには彼女と面と向かって会話をしたこともなければ、いじめたことすらない。
しいていえばカロール殿下と新鋭隊の方が残酷だった。
身に覚えのない難癖をつけられ、階段から突き落とされた。あのとき"先輩"が守ってくれなかったら、私は大怪我をしていただろう。
(……あのときの殿下の冷たい瞳、悲しかった)
ううん、それらすべて終わったこと。
この断罪イベントは即座に終わらせましょう。
「カロール殿下、婚約破棄を承諾いたしました。国王陛下、王妃へのご報告、婚約破棄の書類などはすべて、カロール殿下とリリーナさんにお任せいたします」
「……わかった、父上には俺から伝える。ルーチェ嬢との婚約破棄がすみしだい。ルーチェ嬢がリリーナへおこなってきた罪への罰を伝える」
(この場で、私は国外追放は言い渡されないのか……)
断罪イベントもおわり、あとは退場するだけ。
ふと、努力してきた日々を思いだす。
私はゲームの中でも、この世界でもカロール殿下が好きだった。殿下がリリーナを好きになっていなかったら、彼の隣に立ち、この国とあなたを守りたいと思っていた。
今となって、それは叶わぬ夢。
彼を思う、私の気持ちもあなたの冷たい瞳、言葉、行動で、恋心は全て消えてしまった。
これで最後――私はカロール殿下にお会いすることもない。最後だし、すべてを吐きだしてもいいわよね。
「カロール殿下、最後に一言よろしいでしょうか?」
「ひとこと? いいだろう、リリーナへの謝罪しかと述べよ!」
「……残念ながら謝罪ではありません。私、ルーチェ・ロジエはカロール殿下のことをずっとお慕いしておりました。でも、あなたは婚約者だった私よりも彼女を選んだ――だけど私は邪魔する者もおりません。愛するリリーナさんと、末永くお幸せになってくださいませ」
そう伝えて、二人に深く頭を下げた。
これで、思い残すことはもうない。
踵を返して会場をでて行こうとする、私の背に――"バキッ、バギッ"と何かにヒビが入る音が響いた。そしてーー壇上に立つカロール殿下がいきなり『グワァ!』と叫び、壇上に両膝を突き頭を抱えて苦しみはじめた。
「カロール様、どうしたの?」
「「カロール殿下?」」
あわてて壇上の親衛隊とリリーナは彼を支え、警備をしていた城の騎士たちも壇上に駆け寄る。
「誰か! はやく、ここに医者を呼べ!」
医師を呼ぶ声、殿下を呼ぶリリーナの声、慌ただしくなる舞踏会の会場――私の横を壇上へと走る騎士。
その様子を息を飲み、静かに壇上をみつめる貴族たち。
(いったい、なにが起きているの?)
壇上で、頭を抱えて苦しむ殿下をながめた。
カロール殿下は呻きながら私をみつめ、何か伝えようとしている。だけど、その言葉を私は聞いてはならないと、殿下から視線を逸らした。
(だってあなたに愛されようと、たくさん努力したの……だけど、あなたが最後に選んだのは私ではなく、リリーナさん。――今更なにを言う気なの? 魔法で操られていた? 魔力を持つあなたが、そんなわけないじゃない)
あなたは私よりも、リリーナさんを愛嬌があって、可愛いと言った。魔力なし……使えないとも。
――あなたから離れて、やっと気持ちの整理ができたの。泣かずに、今日の日を迎えれたわ。
「…………っ」
【おい、いまのうちに、ここから出たほうがいいぞ】
いきなり、頭の中に声が聞こえてきた。
「だ、だれ?」
【誰でもいい。この場に残っていると、お前がやったかと思われるぞ】
「え、私がやった?」
【そうだ、アイツはお前の一言の後に苦しみだした】
「ええ、そ、そうかもしれないけど……」
婚約破棄は決定事項――カロール殿下の側には彼が愛するリリーナと攻略対象たちもいる。
【はやくしろ!】
「わ、わかったわ」
私はその声に従い混乱する会場からでて、馬車に飛び乗り屋敷へと戻った。
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