飛頭蛮

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 動けない。  頭はどうにか動かせるのだけれど。手が――足が――首から下の感覚が無い。  昨夜から高熱が続いていたのだが、休む訳にはいかないので出勤しようとしたのだけれどそれがいけなかったのだろう。(パンプス)を履こうと身を屈めた時、頭の中がぐるりと回転するような感覚に襲われ、顔からそのまま倒れ込んでしまった。  手で庇う事も出来ずに顔面をコンクリートに強打。首の辺りでごきりと鈍い音がして、目から火花が飛び散るような閃光と脳髄を貫く衝撃――そこまでは覚えている。  気が付くと靴箱に足を預けてジャーマンスープレックスを食らった様な姿勢のまま、玄関先で動けなくなっていた。  助けを呼ぼうと思ったのだけれど、玄関先でこんな格好で、しかもタイトスカートが破け捲れあがり、下着が丸見えの状態では近所の笑い者になる結末しか思い浮かばない。  動けないのは熱の所為だろう。体に痛みも無いし苦しさも感じないのはありがたいけれど。情けない格好だが動けるようになるまでこのまま休んで居ても大丈夫だろう。  頭の上辺りでは、バッグに入れたスマホがひっきりなしに鳴っている。多分、会社からだ。出たいのだけれど手が動かせない。 ――無断欠勤かぁ。  うちの課長は個人がミスすると、その後始末をミスをした本人にはやらせず回りの社員に振り分ける。連帯責任とでも言いたいのか、単に本人への嫌がらせなのかは分からないけど、おかげで課の雰囲気は最悪なのだ。  そんなだから、きっと私が担当している案件も周囲の同僚が穴埋めさせられているのだろう。  休んだ理由が『パンツ丸出しで玄関先でセルフジャーマンスープレックスで倒れてました』とバレたら、とてもじゃないが菓子折だけでは補填出来まい。  お先真っ暗――どころの話ではない。  それにしても喉が乾いた。動けるようになったら水分補給と――あぁ。履歴書も買っておくべきか。クビだろうなぁ。
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