飛頭蛮

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 あれからどれだけ経ったのか。いつの間にか眠っていたようだ。辺りは真っ暗になっていた。  まだ体は動かない。足はおろか指先一本も動かせない。  この変な姿勢のままでも苦しくないのはありがたいけど、喉が乾いたし、お腹も空いた。  いつのまにやら催していた様で、パンツとスカートが濡れて異臭を漂わせている。  喉が渇いているというのに、出るものは出るんだなと思った時、不吉な思いが脳裏をよぎった。  もしこのまま動けないとなったら――私はどうなるのだろう。  いくら無断欠勤と言えど、家まで様子を見に来てくれる様な同僚は居ない。訪ねてくる友人なんて誰も居ない。おまけにスマホはとっくに鳴らなくなっている。  もしかして体が動かないのは熱なんかじゃなくて――  その時。  玄関チャイムが鳴った。 「宅配便でーす」 チャンスだ。私は恥も外聞もかなぐり捨てて声を――あげようとしたが。 「おねが――た…たす…」 カラカラに乾いて痛い位の私の口からは、蚊の鳴く様な声しか出ていなかった。  必死に声をあげる私の、ドア一枚向こうに人が居る。  そしてこれを逃せば、私はこのまま――きっと餓死してしまう。 「おねがい、ここに居るの。動けないの」 お願い気が付いて。行かないで。体よ動け。動け動け動け気が付いてよお願いだから――  だが、郵便受けがカサカサと音を立てた後、「なんか臭ぇな…」と捨て台詞を残し、足音が遠ざかっていった。  畜生畜生畜生畜生畜生畜生!  何で気付かねぇんだよ!こちとら必死に声をあげてんのに!  どうして助けてくれないの。悪いことしたなら謝るから誰か助けてよ。  ひとしきり泣いて怒って、それでも何も出来ないと分かって呆としたところで漸く気が付いた。  ――さっきの宅配。  転ぶ前の日に『あと六日で届く』と確認した荷物だったんじゃあないか。  じゃあ、転んでからもう五日経って居る事になる。  動けないまま――玄関先で五日。  もしかして動けないのは本当に――  おねがい。だれかたすけて。  そうだ。首しか動かないのなら。必死に首を動かせば――  私は乾ききって罅割れた舌を噛んで血を流し、その匂いと味に吐きそうになりながら、無理やりに喉を潤した。  口の渇きを潤したら漸くやる気が出てきた。  私は頭を左右に振った。  そうすればもしかしたら身体を横に倒せるかも知れない。どさりという音と振動で、誰かが気付いてくれるかも知れない。下の階にいる学生くんなら気付いてくれるかも知れない。夜に近くのコンビニでバイトしてるから日中は家に居る筈だよね。  だがひっくり返ったままの私の身体はピクリとも動かない。  速度が足りないんだ。強さが足りないんだ。  もっと激しく、もっと早く、首を鞭の様にしならせるんだ。 「あ゛――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」  ようやく喉から音も出るようになったようだ。私は頭を無茶苦茶に振り回しながら声を出し続けた。床がドンドンと音を立てている。これなら絶対に気付いてもらえる。  というか、気付いて貰わないと死んでしまう。お願い気が付いて。気が付いたら通報してね。無視したら許さないんだから。  それにしても  喉が渇いた――腹が減った。
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