飛頭蛮

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 夜のコンビニバイトは暇だろうと思われがちなのだが、実は意外と忙しいのである。  清掃、品出し、キャンペーンPOPの張替え、揚げ物の仕込み…  そして何より問題なのが――変な人が多い。  休止札を出してレジ点検しているところにガム一つ出してくるとか、代金だけ置いてスキャンせず商品を持って行こうとするとか、そういう困ったお客様系ではなく。  変――としか言いようが無いのだ。  外からレジ裏の窓ガラスを舐め回す中年女性。  駐車場に自転車を止め、ひたすらに自分で自分を殴っては去っていく若い男。  同じ曜日の同じ時間に駐車場の奥に現われ、互いに話し合う様子もなく2時間ほど同じ場所に立ち続けては帰ってゆく老夫婦。  店に被害が及んでいる訳でもないので放置を決め込んでいるが、少なくとも外に出て相手をしようとは思えない。  場所が悪いのだろうか。  しかし僕もこの近所に部屋を借りてはいるけれど、少なくとも陽の高いうちはこのような人達を見かけることは無い。  きっとこの町特有のなにかがあるのだろう。それにそういった、町の裏事情的なものも考慮してなのか、この店舗は夜間帯の時給が他店よりも高額なのだ。  命に関わる事態が起きるワケでもないし、学生生活と両立させられて近所で働ける上に自給も良い。勿論ワンオペの時もあるが、それはそれで黙々と作業できる点が気楽なのだ。  そんな訳で僕は、昼間は大学に通い、夜は週3でコンビニバイト。こんな生活を2年続けている。  その日は単独(ワンオペ)での深夜シフトだった。  来店を告げるチャイムが鳴ったのでレジに出たのだけれど、店内を見渡しても誰も居なかった。変な客がドアだけ開けて引き換えしでもしたのか。  ――いや。  誰かが居るような気がする。  僕は寝惚けていたのかと思いながら奥に引っ込んだ。  そしてふと店内モニターに目を遣った。  違和感を感じる。  商品が棚から落ちているとかそんな様子も無いし、犬や猫が入り込んだ訳でもないのだけれど。  何かがおかしい。  いや――気持ち悪いのだ。  蛇蝎が店内を彷徨っているような。  自分へと向けられた謂れのない執着が店の中でとぐろを巻いているような。  しばらく様子を見た後で店内を歩き回ったがその答えが分からず、その時の僕は店内の扉を開けて換気をする程度しかできず、結局その後何事も無くバイトを終えた。  そして翌日。  昼間に珍しいクレームが店に来たらしい、とバイト仲間のおばさんから聞かされた。  なんでも『食べ物から味がしなかった』のだという。しかも十件以上。  味がしないと言われても、昨今流行りの病気に罹っていたのではないかと逆に此方が疑ってしまいそうな案件だと思うのだが。後は店頭の履歴書が1セット足りなかったのでスタッフは万引きに注意して、との事だった。  そしてまた。  深夜を迎える頃に。  あの“理解できない気持ち悪さ”が僕の背中をぞわりと撫でた。  途端、来店のチャイムが鳴った。  出たくないなぁとは思ったがそういう訳にも行かない。セルフレジで済ませてくれるお客なんて激レアさんはそうそう居ない。  嫌だけど仕事だからな、と思いレジに出ようとしたところで――  窓ガラスを舐める女。自分を殴って去ってゆく男。そんなものとは一線を画した理解し難い、まるで人の執念のような何かが店内にとぐろを巻いている様な。  そんな不快さに項の産毛が逆立つのを感じ、僕はレジ前に立つのを止めて奥に引っ込んだ。  そして店内モニターへと目を遣り――
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