11人が本棚に入れています
本棚に追加
証人
片山さんは真奈先輩が本命? 先輩が海外留学で遠くに行ってしまっても? じゃあ傍にいるあたしは何?
かすみはグルグル回る思考を止められないまま、その線路を避けて遠回りした。片山が、当たり前のように選んだ抜け道へ。
なかなかの急な坂道をかなり上ってまた下りて、と、徒歩の場合、筋トレのような性格のルートだ。
息を切らして上りきったところには、街を見下ろせるくらいの高さがあった。ベンチしかないけど、公園といっていい丘かもしれない。
そこに、小学生くらいの男の子が二人と、年配の男性がいた。
「ねえねえ今日は見えるかな、星」
「双眼鏡を先に見るのはオレだからな」
夕方に分類されるだろう時刻とはいえ、まだ太陽がギラギラしているのに、男の子たちは双眼鏡を争って空に向けていた。
星――天体観測? 夏休みの宿題かな。
「東だぞ。東はこっちだって言ってるだろ」
父親にしては年がいっている。お祖父ちゃんというところか。そのお祖父ちゃんの指す方向に、2人は一斉に顔を向ける。
「今日は雲晴れるといいなあ」
「晴れたってお前には無理だよ。こないだだってさ」
何かっていうと争いのネタにするのが兄弟ってもの。かすみにも姉がいるからわかる。
――こないだ?
「あ、あの……」
かすみは思わず声をかけていた。
「いつも星を見に来るの? ……こないだって、いつ?」
2人はまっすぐかすみを見つめ、間違いなく兄弟だろうっていうよく似た瞳を同じように瞬かさせた。
「水曜! いつも水曜がじいちゃんのお休みなんだよな!」
「バーカ、じいちゃんは土日だって休みなんだよ!」
素直に答える弟と、いちいちケチをつける兄。可愛い。――いや、今はそんなことどうでもよくて。
水曜。先週の水曜。かすみの誕生日。真奈の出発前夜。
「す、水曜? 先週の? じゃあその夜、この人通らなかったかな?」
かすみは声を上ずらせ、スマホの壁紙を見せた。片山とディズニーシーへ出かけた時の写真。
「わー、大人なのにミッキー?」
「バーカ、大人こそ夢の国が必要なんだよ」
とかいちいち戯れながら、それでも兄弟はしっかり見て考えてくれた。
「う~ん。通らなかったよね」
「ね」
兄ちゃんの方が、じいちゃんにねえねえ、と訴える。
「ええ、ええ。この子たちの言ってることは間違いないですよ。この暑さでこんなしんどい道ですからな。その夜はいつものランニングの人が数人と、犬の散歩。顔なじみばかりでしたよ」
誰も。星を観測しているなら夜は長い。その間、この人たちの知らない人間は誰も通らなかった。
「あ、でも車だったかも……」
「何の種類?」
兄の方が目を輝かせる。
「あ、えっと……青のBMW――」
「通ってないよ! ベンツが2台と、プリウスが白と青、あとフォレスタとね、フォルクスワーゲンと」
兄の方が意気揚々と羅列した。この年頃の子の好きなことに関する記憶は抜群だ。
じゃあ、本当に。本当にあの日片山は真奈のアパートへは行ってない……。
かすみはヘナヘナと膝から崩れた。片山を信じられなかった自分が、とてつもなく情けなく思えた。
最初のコメントを投稿しよう!