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《1》 村松くん
暑湿を帯びた空気がやたらと重たい夏の朝、登校中の近沢唯の眼前に、颯と一人の男子生徒が現れた。
「近沢さん、好きです。付き合ってください!」
この人は、確か隣のクラスだったような気がする。唯は何度か彼の顔を見た記憶はあるが、名前までは分からない。女子の間でたまに話題に上がる程度には美形の子だ。
唯は彼の情報を今見ている以上には知らない。しかし、にこっと笑い、こう答えた。
「はい。喜んで。わたしも、ずっと好きだったよ」
言うと、彼は安堵した顔つきになり、
「ところで、おれの名前知ってるの?」
と、にやにやしながら訊いてきた。唯は曖昧に微笑んで見せる。
「ずっと好きだったって言ったじゃない。どうして名前も知らないのよ」
これでまた気を良くした男子生徒は、今度の日曜日にデートをしようと言った。もっと話していたいところなのだが、通学路でデレデレしてしまえば人目に立つ。彼は約束を取り付けただけで、ダッと走り去って行った。
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