夜の思い出

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なんだこの花………、どこかで見た事あるようなないような、あれなんていう花だっけ? 微かに記憶にある花ではあったが、名前が思い出せない。あとちょっとのとこまで出ているのに出てこないのは納得がいかず、思い出すまでここで立ち往生する事となった。 「………………あっ、わかった思い出した」 小学生の頃、先生が植物図鑑を見せてくれて、この花を指さしながら楽しそうに話してたっけ。 教卓の周りを俺含め四人の生徒達が囲み、先生が図鑑を開きながらこう説明してくれた。 『夜にしか咲かない花、夜に花が開く、『夜の顔』と書いて『ヨルガオ』と言います。花言葉は夜、妖艶、夜の思い出などいくつかあって、見られる季節は七月から十月にかけてですね。 とても綺麗な花でしょ。先生も好きな花でね、その花を見つけると、あっ、夜の花だってつい呼んじゃうほどよ』 『へー、本当に夜しか咲かないの?』 『ええ、本当よ。夕方から夜中にかけて花が開くの。一般的な花はね、直射日光を浴びて花を咲かすんだけど、ヨルガオは日光が出ている時は必ず花を閉じてるのよ。それと皆は蛾って知ってる?』 『知ってる。蝶々に似てる虫でしょ。それがどうしたの?』 『蛾って夜になると活発に動くんだけど、その蛾がね、ヨルガオの花粉を運ぶ役割を果たしてくれるの』 『へー、そうなんだ。と言う事は、蛾が活発になる所を狙ってヨルガオは夜に咲くんだね』 『そういう事なの。それともう一つ理由があるらしいんだけど、これは先生も聞いた話だからあまり信用しないでね』 『えっ、なになに』 『実はヨルガオはね、恥ずかしがり屋さんなの』 『恥ずかしがり屋さん?』 『そう、日中は人通りが多いでしょう? 花が咲いてる所を誰かに見られるのが恥ずかしくて顔を塞いじゃうの。皆も大勢の人に注目されると恥ずかしくて手で顔を隠したりとかするでしょ? それと一緒で、人通りが盛んな日中は花を閉じていて、人通りが少ない夜に花を開かせるの』 『へー、そうなんだ』 『でもこれは本当かどうかはわからないから、他人にべらべらと話しちゃだめよ。今ここにいる人達と先生だけの秘密ね』 『うん』 『もしこの話が本当だった時は他の人に言って構わないから。それまで皆言いふらしちゃだめよ』 『はーい』 ………ここまで鮮明に思い出せるもんだな。 今思うと子供騙しみたいな話ではあったが、当時の俺は、先生の話が好きで終始耳を傾けていた。小学生の思い出を懐かしんだ所で、今一度ヨルガオを見つめた。 「ヨルガオってこんなに光るもんなのか? 図鑑でしか見た事なかったけど、ずっと見ていたら目がやられそうだな。綺麗な花なのはわかったけど、ってかそもそもなんでこんな空き地に花一輪しか咲いてないんだろう」 周りは土以外何もなく、この土地の中央にポツンとヨルガオが一輪咲いているだけだった。 「まあ、どうでもいいか………。ってやっべ、早く帰んないと」 事の重大さに今更気付いた所でもう遅い。しかし少しの望みだけでも信じて、急いで踵を返した。自宅で角を生やして待っている母に、何て言えば誤魔化しが効くか考えながら駆けていった。
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