あの日の線香花火

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最初に言葉を発したのはユウだった。 俺の姿を見付けたユウは、まず目を見開き、口元が震えた。 口元だけじゃない、顔中の筋肉が小刻みに震え、見慣れた懐かしい切れ長の目から大粒の涙が零れ落ちた。 髪は肩まで伸びて、体つきも少しふっくらした大人びたユウは、両手で口を覆いながら言葉にならない声を上げ、嗚咽のなかで微かに「タケアキ」と呟いた。   俺はできるだけ笑顔を作ってみせた。「なに泣いてんだよ、馬鹿じゃねーの」って。 でも、駄目だった。 身体が震えたせいで言葉まで震えてしまった。 抱えていたオオカミのぬいぐるみが床を転がって、ようやくそこにいたもう一人に気が付いた。 「いらっしゃいませ、タケアキ様。星空レストランへようこそ。お料理はすぐにお持ち致しますので、まずはお席へどうぞ」   ぬいぐるみをユウの隣の椅子へと置いた店長は、黒いベストにスーツのズボン、白い長い髪を後ろで纏めた、すらりとした若い男性だ。 水の入ったグラスを運んできた店長の瞳はガラス細工のような澄んだ青色で、この店の神秘的な雰囲気に溶け込んでいた。 ガラス張りの店の向こうに広がる満天の星が透けて、壁一面が星空なのだ。 幻想的な星空を背にしたユウは、ようやくしゃくりあげながら顔を上げ「ごめん」と、おしぼりで目元を拭い、笑った。 「ねぇ、何でそんなの持ってんの」 「知らねぇよ。ここに来る途中にあったんだよ」 やっと少し笑ったユウに俺も明るい声色で返したが、すぐにユウの目は椅子に置かれたぬいぐるみと写真と紙ひこうきを見つめ、今にも泣きだしそうに顔を歪めた。 かと思うと、慌てて頭を振って俺を真っ直ぐに見る。 「タケアキ、あのさ」ユウが次の言葉を探すように「えっとね」と繋げる。 俺の中にはもうユウに対する怒りなんて無かった。 あのドアを開く前。手紙を見た瞬間に、そんな感情は消えていた。 それよりも、俺の中にあるのは……。
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