決別

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僕の体が心臓より強くドクン、と跳ねた気がした。 「屁理屈唱えても、結局嫉妬だろう?守屋を追放したらいいのか?貞実がそう望むならそうする。ほかには?何か気に入らない事があるなら話せ」 「……」 貞実は動かない。 僕の立場が揺れる。こんな簡単に捨てられるのか。 愛なんてすぐ消える、そう呟いていた貞実の横顔を思い出した。 「全ては主上の叡慮によ…」 「いいから話せ。僧になろうとしたのは食えなかったからだろう?今は違う。そして安定すると人間欲が出る。本気で出家したかったらここには来ないでまっすぐ寺に向かうのに、俺が引き止めるのをわかっていてやってきた。そりゃ止めるさ。俺はお前をいちばん愛しているからな。それでも出家すると言うお前は、俺を信じていないって事だ」 わがままな暴君と思っていたが、的確に心の中をえぐりその人間の本音を探り出している。 そこはさすがに万人の上に鎮座している方だ。嘘も真実も一瞬で見抜く。知っていながら知らないふりをする、それが帝王学の基礎だ。だが貞実に対し、自分の本音をぶつけている。それだけ貞実への想いが熱いのなら、僕の存在は恐ろしく軽い。 「もし私の願いがお気に障りましたのなら」 膝の上に乗せた拳に、貞実はぐっと力を込めて顔を上げた。 「ここで私を斬り捨ててください」 「…なに?」 「あなた様の御心を抱いて、幸せだった思い出だけを持ってこの世を去りたい!」 床に伏して貞実が大声で泣き出す。 「私の醜い心を誰にも見られたくなかった…!でももう自分が自分でないようでこのままでは壊れてしまう。それならいっそ…!」 初めて聞く悲痛な叫びに、僕も上皇さまも動くことが出来なかった。いつも冷静で、乱れた姿など見せなかった貞実の、胸を裂くような慟哭。 でも上皇さまは最初から見抜いていた気がする。 『俺はお前をいちばん愛している』 そう言い切った上皇さま。そこまで想われている貞実が、正直うらやましい。 上皇さまは泣き続ける貞実をそっと抱きしめて、まるで子どもをあやすように背中をさすっている。ここまできたら見送るしかない。 「許す。僧になって国のために祈ってくれ」 ふたりの終わりを、僕はただ見ている事しか出来なかった。
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