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貞実が去った夜、上皇さまからお召しはなかった。
恋人と別れて、とてもそんな気にはならないんだろうと考えて、僕はひとり机に向かって本を書き写していた。
「んー、背中痛い」
そろそろ休もうと思って、腕を伸ばして思い切り背伸びした時、不意に後ろから強い力で抱きしめられた。
「わっ!」
僕は驚いて悲鳴を上げてしまった。
「上皇さま…?」
力強い腕で床に押し倒されて、勢いで灯油の火が揺れる。僕は昼に着ていた狩衣のままだったが、上皇さまは寝着に着替えていた。
「お呼びいただければこちらから参りましたのに」
悲しい事があったのに僕を求めてくれることが嬉しくてつい声が弾む。
「人の不幸がそんなに嬉しいか?」
だがそれが上皇さまの機嫌を悪くさせた。この方が気難しいことはわかっているが、怒りの琴線がわからない。
四つん這いにさせられて、指貫を乱暴に脱がされた。
「このような格好で…嫌です」
「うるさい」
腰まで狩衣をめくられて尻があらわになる。風があたり鳥肌が立った僕の体が上皇さま自身に貫かれた。
「くっ…!いた…ぃ…」
いつか見た、軽快に馬を駆る上皇さまを思い浮かべる。あの時の動きに似て、上皇さまの腰が動く。その激しさに顔が歪んだ。
「あ…あぁ…主上……」
思わず昔の呼び方で上皇さまを呼ぶ。だんだん色づく声も吐息も止まらなくなって与えられる快感に腰が揺れた。
上皇さまの熱いそれで肉癖をこすられると体中快感に包まれる。
一体何をしているんだろう。頭もぼんやりして上皇さまの思うがまま、抱かれて喘ぐだけ。
「上皇さま!上皇さまはどこにいらっしゃいますか!?」
また行為の最中邪魔が入った。女の声と衣ずれの音が部屋のまわりをぐるぐると回る。
上皇さまは灯油の灯りにふっと息を吹きかけて消した。こうすれば暗闇の庇から中が透けて見えることはない。
「ここにいる。何の用だ?」
通り過ぎそうな足音に向かって上皇さまが声をかけると、手燭の明かりが御簾を照らして止まった。
「範子さまが…範子さまが……」
「乳母がどうした。きちんと伝えろ」
「お亡くなりになりました。在子さまや通親さまが枕頭に詰めていましたが先程…」
女の激しい泣き声で最後のあたりが聞き取れなかった。
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