密通

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どれくらいその場でうずくまっていたのだろう。 「守屋?」 後ろから父に声をかけられた。 読経も聞こえないくらい離れた所。なぜ僕がここにいるのか嘘をつかなきゃ。 僕は何も見ていない。 そう言いたいのに声が出ない。 「…ぁ…っ、かっ…は…!」 声が出ない。喉が締め付けられる感じがして無理に話そうとすると吐き気がする。 「守屋…!?」 異変に気がついた父が僕に覆いかぶさるように抱きついて顔を覗き込んできたが、口を動かすが咳のような音しか発しない僕を抱えて自分の部屋に戻り、自分の褥に寝かせた。 「兼子に言って医者を呼ばせろ!範子を診ていた医者がまだ残っているだろう!探して連れてこい!!」 僕たちについてきた在子に、父はまるで侍女に命令するように叫んだ。 範子・兼子姉妹の屋敷にある父の部屋は質素だった。ほかにも妻がいるので長く滞在することがないからかもしれないが、元々あった屏風や几帳を持ってきて使いまわしている感じがする。 急に呼ばれた医師の後ろに兼子もついてきている。あまり事を大袈裟にしたくない。この人は勘が良すぎる。 「守屋が急に声が出なくなったんだ。よく診てくれ」 それに比べて父はかなり動揺していた。脈を測られたりしながら、声がでなくなって逆によかったと思った。 「心に悪いものが溜まっていますな。ゆっくり休養して様子をみたほうがよろしいでしょう」 「何かの怨霊がついているとかじゃないのか?」 「それは専門外ですのでわかりません」 父の慌てぶりと違って医師は冷静だった。 「環境が変わって心労が増えたからですわ。多分よく眠れてないんじゃない?守屋」 身内ではない異性の医者がいるせいか、兼子は父の後ろに座って扇で顔を隠している。 声が出なくてよかった。見たことを言うか言わないか迷わなくてすむ。 僕の手を握って不安そうに僕を見ている父に今なら言えるだろう。 それは僕を利用できなくなるかもしれない不安なの?と。
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