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薬を飲むとだんだん心が落ちついて体がふわふわしてきた。
うとうとしながら目を閉じている僕の手を、父は握ったまま離さず枕元に座っている。
「守屋をそこに寝かせるならあなたの寝所はどうします?」
父の後ろから兼子が声をかけた。
「ここにいる。眠くなったらその辺に転がってるから放っといてくれ」
「そう」
今は何を言っても無駄と判断したのか、兼子は立ち上がって部屋から出ていった。その後すぐに侍女たちが格子を閉めて灯台に明かりをともして去っていく。
何の薬を飲まされたんだろう。ぼんやりして気持ちいい。
父のほうに寝返りをうって、僕は目を開けた。
「…守屋」
あいかわらず不安そうに僕を見ている父が暗い部屋でぼんやり見える。
「今は休みなさい。俺に文句言うのはそれからでも遅くはないだろう?」
言いたくても言えないけどね、僕は心の中でそう言って微笑む。
愛が欲しい。上皇さまにも、父にも。絶対叶わないことを考えながら父の手を握り返した。
「何も言えないほうが楽だな。今日も俺に媚びを売る連中に飽き飽きして早々逃げ出したよ。範子とゆっくり最期の時間をすごしたかったのに邪魔しやがって」
うそつき。
在子さまと何をしていたか、僕は知っているんですよ。
今頃在子さまは余計な邪魔をした僕を憎んでいるだろう。だったら父とずっと一緒にいられる手助けをしてあげる。
握られている手を離して、父の手のひらに指で『秋子』と書いた。
「秋子を呼べばいいの?そうだね。ゆっくり会う時間なかったもんな。それも心労になったのかな」
無言で頷く僕を見て、うんうんと首を縦に振りながら部屋を出ていく。
その姿を見送ってから僕は文机まではっていき、紙を見つけて秋子に託す事を書く。
もうひとつは、上皇さまに差し上げる文を書いて丁寧に折りたたんだ。
「守屋さま、入ります」
全てを書き終わった頃外から秋子の声がして、しばらく間を置いてから鈍色の袿を着た秋子がそっと入ってきた。
文机の下に倒れている僕の側まで来て、僕が渡した紙を受け取って無言で読んでいる。全て読み終わると灯台にかざして紙に火をつけて部屋を出る。燃え尽きる頃空を斬って灰が庭に舞い散った。
「次は私にも恋文を書いてくださいませ」
振り向いて秋子は冗談っぽく笑って静かに去っていった。
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