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『とりあえずロックを解除してくれ』
「えっ……でも、翔琉も鍵を持っているじゃないですか」
『いいから開けてくれ。で、俺のことを出迎えてくれ』
「え?」
『早く』
めずらしく颯斗の意見を聞かず、せかすようなもの言いの翔琉に、混乱しながらも言う通りにエントランスのロックを解錠した。
「パパ、どうしたの?」
不思議そうに琉愛が訊ねる。
「俺もわからない……でも、出迎えてくれって言ってるから」
おそるおそる玄関へと向かう。後を、双子と末の娘も心配そうに続く。
間髪入れずに今度はめったになることのない玄関のインタフォーンが鳴った。
「パパかなあ?」
慎重な声色で碧翔が言った。
「出迎えろ、っていうんだからそうだと思います」
「パパ?! 早くドアを開けようよ!」
興奮気味の琉愛が、颯斗の足元で飛び跳ねる。
たしかに最上階直通のエレベーターに乗れるのは、この家の専用IDカードを持つ者しかいないとわかっているのだが。
「う、うん……」
控えめに、だが警戒するようにほんの少しだけドアを開けた。
瞬間、その手を掴まれ大きな力に引き寄せられる。
「な、に?」
「──私の【会いたい】人は、この方です」
仕事用の一人称「私」を使う聞きなれた低い翔琉の声が聴こえ、ゆっくりと視線を前に向けると、そこには少数のテレビクルーがカメラを回していた。
「この方とは、龍ヶ崎さん、いったいどのような方なのでしょうか」
男性アナウンサーが息を呑むのがわかった。
そりゃそうだ。
アラフォーとはいえ、ハリウッド俳優として世界の第一線で活躍する翔琉が、なんの取り柄もないアラサーの凡庸男を呼んだのだから。
ひと目見てオメガではない自分が、いたたまれなくなる。
つい視線を足元へ向けると、
「本当は顔を見せたくはないが、今は堂々としてろ。俺に愛されてることを全世界へ見せつけてやれ」
耳元で囁くように翔琉が呟いた。
赤面するような言葉に──いや、実際顔は赤かったかもしれない──思わず視線だけを上げた。
レフ板が最上階のガラス張りの壁からも太陽光を受け、颯斗と翔琉の二人を照らし出している。
「私の、愛しい人──生涯の伴侶であり、番であるこの方です」
躊躇なく翔琉は告白すると、流れるように颯斗の額へ口づけた。
クルーたちが瞠目する。
きっとさっきの巨乳女子アナも、レンズの向こうがにいる視聴者たちも、一様に唖然としているだろう。
正式な番となって早十年。
職業柄なにかと話題にのぼりやすい相手と覚悟を決め、パートナーとなり、互いに荒波を乗り越えてきたつもりだったのだが……。
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