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互いの心音が聴こえるほど深く繋がっているせいで、残念ながら電話のコール音まで聴こえてくる。
ということは、当然こちらの声も電話の相手に聴こえてしまうということだ。
翔琉へしがみついていた手をひとつ離すと、声が洩れないように口を塞ぐ。
何コール目かしたところで、電話の相手が応答した。
腰が一度、強く突き上げられて「あ!」と早速声が洩れる。
ちらりと翔琉は視線を投げ、ニヤニヤと意地悪そうに笑みを浮かべていた。話し始めた声はマジメだからこそ、余計タチが悪い。
「忙しいところ悪いな」
電話の向こう側で「全然悪そうな口調じゃないじゃないですか」と苦笑している声は、明らかに紫澤だった。
紫澤はいまではもう、父親の跡を継いで数年前から社長の座に就いている。
「いや、心から悪いと思っている。だっていま、我が愛しの番の人事について物申したいからだ」
さらりと告げられた言葉に、颯斗と電話口にいる上司は「え?」と声を上げた。
驚きすぎて繋がった翔琉を締めつけた結果、墓穴を掘ってしまう。
「ぁ……きもちぃ……」
思わず口にしていた。
なんか高遠くんの声が近くで聴こえるんですけど、と聡い紫澤に指摘された。
番になってから十年経つが、嫉妬深い翔琉がいまだに颯斗を名前で呼ぶことを許可しないので、旧姓で呼ばれている。
「気のせいだ。それより、また颯斗を米国支社へ異動させてくれないだろうか。なんなら、紫澤の偉大なる力でハリウッド支社を作ってくれ。早急に」
『頼み事しているのに、態度尊大すぎやしませんか。龍ヶ崎さん? しかもかなりハードル高いお願いですね』
「そうしないと俺の颯斗は出社させない。ハリウッドへ連れて帰る。もう颯斗の意志は尊重できない。限界だ」
翔琉の本音にじんと熱いものが胸にこみ上げた。
『脅しですか?』
苦笑しながら紫澤が言った。
「違う。これはビジネスだ」
有無を言わさぬ迫力で言いきると、翔琉はゆさゆさと颯斗を揺さぶりかけてくる。
信じられない。
慌てて唇を強く引き結び、掌で口を押えた。
「早くイエスと言わないと、俺たちが愛し合っている音を受話器越しに今すぐ聞かせてやる」
『やっぱりそこにいるんですね。というか、どうせ情事の最中だったりするんでしょう? 僕に夫夫の閨事情を想像させないでください。高遠くんがかわいそうです』
「想像じゃない。夫夫の熱々ぶりを見せつけてるだけだ。だから、今すぐ辞令を出すんだ」
ひとつも怯まないどころか、ごり押しする翔琉に、電話口の紫澤は大きなため息をついた。
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